2015年ドラフト総決算~大学生編その1~

2011年、東日本大震災が起きた年。高校3年生たちは、これから野球が続けていけるのかを不安に思いながら過ごしていた。

2011年

がんばろう!日本! 創志学園・野山慎介主将の選手宣誓が行われたのは、東日本大震災からわずか12日後だった。この大会で高校生の懸命なプレーを見て、勇気づけられた人は少なくないと思う。

この大会に出場した日大三高は、エース吉永健太朗、捕手・鈴木貴弘のバッテリーに1番・高山俊、3番・畔上翔、4番・横尾俊建、プロが注目する選手たちが躍動しベスト4に進出した。準決勝では三好匠高城俊人の九州国際大付に敗れたが、夏につながる実績を残していた。優勝したのは東海大相模、臼田哲也佐藤大貢近藤正崇田中俊太渡邊勝などが躍動し強烈な強さを見せての優勝だった。

夏の甲子園を目指し様々なニュースがあった。兵庫に公立の星として注目された投手がいる。北須磨の桜井俊貴は育成を完封するなど143キロの速球を投げる投手としてスカウトが注目していた。前年に有原航平を擁して春夏の甲子園に出場した広島の広陵は川崎真上原健太の左右の看板投手と、丸子達也吉持亮汰といった強力打線を擁したものの、広島大会3回戦でまさかの敗戦のニュースが全国を駆け抜けていた。

そして夏の甲子園が始まる。まず注目されたのは東洋大姫路・原樹理だった。きれいなフォームから低めに伸びる速球で長崎海星を完封する。2回戦の新湊戦でも1失点完投し、プロのスカウトも金沢の釜田佳直、聖光学院の歳内宏明などとともにドラフト上位候補として評価した。また智弁学園では2年生の青山大紀がエースとして活躍、横浜高戦では投打に活躍を見せて勝利し、翌年の注目選手となる。

しかし主役は日大三だった。エース吉永健太朗の投球はさらに冴え、速球とチェンジアップのコンビネーションは高校生では打てなかった。高山、畔上、横尾などの活躍もあり頂点に上り詰めた。

 

アジアチャンピオン

吉永健太郎は大会後に行われたアジアAAA選手権でも決勝で韓国を1安打13奪三振で1失点に抑えて優勝投手となる。この大会には東洋大姫路・原、金沢の釜田、聖光学院の歳内、唐津商の北方悠誠、英明の松本龍也、そして鹿児島実の野田昇吾も名を連ねる。

野手では東海大甲府の高橋周平、横浜高の近藤健介のほかに、高校通算70本以上のホームランを放っていた慶応高の谷田成吾、智弁和歌山の強肩捕手・道端俊輔、そして日大三の横尾俊建と畔上翔が代表入りしている。代表で共にプレーした選手がプロ志望をする中、原は東洋大、谷田は慶応大、道端は早稲田大に早々と進学を決めていた。

そして日大三のメンバーも一つの誓いを立てる。それぞれ東京六大学のチームに進み4年後にプロ入りをしよう。こうして吉永は早稲田、横尾は慶応、畔上は法政、高山は明治、鈴木は立教に進学を決めた。そして舞台は大学へと移る。

 

頂点に立ったのは

2012年4月、大学のリーグ戦が始まる。東京六大学では早稲田大のユニフォームを着た吉永健太朗の姿があった。東大2回戦で先発し6回1安打7奪三振で無失点に抑え1勝目を挙げると、立教大戦では完封。今季4勝0敗でリーグ優勝に貢献し、MVPに輝いた。吉永は大学野球選手権でも決勝で亜細亜大・東浜巨と投げ合って勝利しMVPを獲得、夏の甲子園から続けて大学日本一に上り詰めた。順風満帆のスタートだったものの、肘への疲労と共に、あと3年半の大学野球で何を求めていくのか、新たな目標設定に苦しむことになっていく。

明治大の高山俊もすごかった。春のリーグ戦でいきなり20安打、打率.417を記録、吉永に注目が集まったものの、驚異のルーキー選手の登場にプロのスカウトも胸を躍らせた。横尾俊建も打率は1割台だったが規定打席に到達、谷田成吾、法大の畔上も打席に立ち経験を積んでいく。

また東京六大学では吉永とともに早稲田の1年生で活躍したのが茂木栄五郎、桐蔭学園出身で小柄ながら抜群の身体能力が評価され1年生で早稲田のサードを任されると、春から規定打席に到達し10打点を挙げていた。

 

芽生える力

秋のリーグ戦では吉永は3勝2敗、防御率も落とす。その代わりに新たな1年生が頭角を現す。明治大の上原健太郎は190cmの長身左腕から投げる威力のある速球で、先発・リリーフに活躍し防御率1.93でリーグ5位に入る。そして捕手も1年生の坂本誠志郎が正捕手となり、上原のほか、3年生エースの関谷亮太をリードしていた。

立教大の大城滉二は興南高校で2年生の時に、日大三より1年早く甲子園をを制覇、しかも島袋洋奨などとともに春・夏連覇をしていた。大城はショートのレギュラーになると打率も.306を記録し、ここから5季連続で打率3割を記録することになる。

東都でも新星が活躍していた。亜細亜大の北村祥治藤岡貴裕は1年生ながらセカンド、サードのレギュラーに入ると、春は東浜巨、山崎康晃らとともにリーグ優勝を果たし、大学野球選手権では同じ1年生の吉永に敗れたが、秋もリーグを制し黄金時代を築き上げる。東都では無名の北筑から入学した今永昇太がリリーフなどで登板し始めるが、まだブレークはしていなかった。

選手の芽生えは中央の大学だけではなかった。明治神宮大会では一人の1年生が快挙を達成する。富士大の多和田真三郎は国際武道大戦でノーヒットノーランを達成、1年生による圧巻のピッチングは大きな話題と衝撃として走った。高校時代にプロ志望届を提出していたが指名されず、多和田を見ていたプロのスカウトは獲得しなかったことを後悔した。

福岡大でも期待の投手が登場した。唐仁原志貴は2回戦で亜細亜大と対戦、0-1と1点ビハインドの6回から登板し、東浜巨と投げ合うと、3回で1安打5奪三振無失点、長身左腕から回転の良いストレートで強力打線から空振りを奪いまくる。バランスの良いフォームもプロのスカウトの目に留まった。

ちなみにこの大会で、亜細亜大、法政大を破って優勝したのは桐蔭横浜大、エースの小野和博の好投を、控え投手として横山弘樹が見守っていた。

(つづく)


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