トヨタ自動車東日本が都市対抗初出場、7年の努力が実る

大谷龍太, トヨタ自動車東日本

都市対抗東北地区2次予選では、トヨタ自動車東日本が日本製紙石巻を4-2で下し、創部7年目での初の都市対抗出場を決めた。

東日本大震災から

トヨタ自動車東日本は、岩手県の金ヶ崎町にあるトヨタ自動車の工場がある場所が拠点、内陸部に位置しているが、2011年の東日本大震災の影響は大きく、2012年に復興を目指す形で創部された。

創部当時よりメンバーだった、大谷翔平投手の兄・大谷龍太選手などが、フルタイムの仕事にあとに、廃校になった小学校のグラウンドなどを使って野球の練習を行ってきた。

もちろん、それでは日本製紙石巻や、TDK、JR東日本東北、きらやか銀行、七十七銀行といった、野球環境が整っており、大学で活躍した選手が入ってくるチームには及ばない日々が続いた。

しかし、大谷選手など地元出身の選手の努力が実って会社からも認められる存在となり、午前中は仕事をして午後から練習をするという、他の社会人野球チームと同等の練習時間を確保することを認められ、また、花巻東など、高校野球で力のある選手も徐々に入部をしてきた。

この日の日本製紙石巻戦では、盛岡商業時代に143キロの速球を投げた高卒2年目の佐々木大和投手が先発し、その後を、花巻東から5年目の中里優介投手、そして最後は、創部時からメンバーだった7年目の吉橋幸治投手が締めた。6年目の小野勝司捕手がリードし、7年目の羽田野恭平選手も2ベースヒットを打ち、大谷選手も2点目につながる犠打を成功させた。

メンバーは創部からの7年目のメンバーや、6年、5年というメンバーが多く、この日の試合では9回に入ってから試合が終わる前に目に涙を浮かべる選手も多かったという。復興を思いに立ち上がったチームが、7年目で都市対抗本戦出場、7年間の努力によるもので、決して奇跡ではない。

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「1年目は13人から始まった。投手が野手で出てないといけないところから始まった」。現在は同社工場の安全管理業務に従事。野球部強化に伴いフルタイム勤務から「午前勤務、午後練習」に変化したのは、大谷ら創部メンバーの働きが評価された形だ。この日は4打数無安打だったが、今大会は13打数4安打、打率・308、3打点とリードオフマンの役割を発揮した。

兄は7学年上。187センチの長身ながら50メートル5秒8という快足が武器だ。地元・岩手の前沢高からクラブチームの水沢駒形野球倶楽部(岩手)、独立リーグの四国IL・高知を経て、12年4月に創部されたトヨタ自動車東日本入りした。当初は選手13人。自前のグラウンドもなく、雪深い冬には投手3人が投げられる程度の屋内練習場でのティー打撃と、ウェートトレ。投打ではないものの、外野手とコーチの“二刀流”としていくつものハンデがあったが「午前で上がらせてもらったり、気を使ってもらった」と周囲の支えもあり、チームとして成長してきた。


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