ドラフト会議裏話(1)

ドラフト裏話, 川村丈夫

ドラフト会議ホームページは1996年からずーーと続けてきまして、今年で16年目(16回目のドラフト)ということになります。この16年間、いろんな人と接触することができ、面白い事もたくさんありました。いまだから言える話しを少しづつしていきましょう。

1996年はアトランタオリンピックで野球の日本代表チームが銀メダルを獲得した年です。当時、日本代表として参加していた川村丈夫投手のチーム関係者の方からメールをいただきました。その方は勝利の女神として選手などから親しまれていた方で、川村投手の将来を心配し当時はまだそれほど普及していないインターネットで情報を集めていたそうです。

勝利の女神さんからのメールは選手を応援する温かいものでした。川村投手の性格など新聞では得られない情報も色々と教えてくれました。川村投手は複数球団からドラフト1位候補として話を受けていましたが、横浜ベイスターズを逆指名し入団します。その会見の前にはどこに入団するかを教えていただいていまして、横浜ファンの私は本当にうれしかったです。勝利の女神さんとの約束でホームページには載せませんでしたが、逆指名会見の日にはドキドキしながらニュースを待っていた事を覚えています。

川村投手は横浜ベイスターズに入団すると、1年目で10勝をマーク、2年目の98年には8勝を挙げ37年ぶりの優勝に向けて大きく後押しをしてくれた選手でした。99年には17勝をあげましたが、上原浩治投手がルーキーイヤーで20勝を挙げタイトルは取れませんでした。その後2008年に引退し、2軍投手コーチのあとスコアラーとなり、2011年から再び2軍投手コーチとなります。チームにとってはかけがえのない選手であり、コーチです。

一人のドラフト候補選手の周りには、家族がいてチームメイトがいて、チームを支えてくれる人がいて。多くの人が一人の選手を思ってその選手の夢が叶う事を願っています。そんな選手を紹介して応援できるサイトを目指して、それが達成できたとは到底思いませんが16年も続ける事ができたのでしょう。そういった目標を持たせてくれた勝利の女神さん、とても感謝しています。


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