ドラフト総決算2011 ~第1章~

菅野智之, 野村祐輔, 藤岡貴裕, 高橋周平, 土生翔平, 伊藤拓郎, 中後悠平

 BIG3の世代

 2007年の高校野球界はBIG3と呼ばれる選手達が注目された年だった。成田のエース唐川侑己、仙台育英・佐藤由規、大阪桐蔭・中田翔。唐川侑己は2年生だった2006年のセンバツ大会で完封勝利を挙げた素質十分の投手、佐藤由規は夏の甲子園で高校生新記録となる155kmをマーク、その後の日米親善野球では157kmをマークした投手、そして中田翔は、中学校で通算51本塁打、高校でも新記録となる通算87本塁打を放つ怪物スラッガーだった。2007年の高校生ドラフトでは3人ともドラフト1位で複数球団が指名し抽選の上プロ入りを果たした。

 そんな中 、センバツで唐川と投げ合って2-1で完投勝利した投手がいた。広陵・野村祐輔。夏の甲子園決勝、佐賀北戦では、微妙なボール判定後に逆転満塁弾を浴びて敗戦、その場面の映像とともに「悲運のエース」という称号がつくことになってしまった。
 そしてもう一人、練習試合で唐川の成田高校から19三振を奪って見せた東海大相模のエース・菅野智之。180cmを越える長身と140km中盤のストレートはプロも注目する投手で、2006年、2007年ともに決勝で敗れ甲子園に手が届かなかった投手。菅野には生まれたときから背負っている原辰則の甥という肩書きが付けられた。
 唐川と野村が投げ合った翌日の3月27日の第3試合、21世紀枠で出場した都城泉ヶ丘 と桐生第一の試合が行われた。注目選手が少ない対戦カードだったが、桐生第一の左腕エースは6安打8奪三振2失点と好投を見せたが、21世紀枠の都城泉ヶ丘が桐生第一打線を2安打完封し勝利を飾った。桐生第一のエースは藤岡貴裕だった。

 2008年の秋、その3人は新たなBIG3となる。東京六大学リーグでは明大に進んだ野村祐輔投手が先発として34回2/3を投げて2勝0敗、44年ぶり5人目となる防御率0.00を達成すると、首都大学リーグでは東海大に進んだ菅野智之投手が5勝0敗、防御率0.44の驚異的な数字を記録した。東都リーグでは東洋大に進んだ藤岡貴裕が終盤戦で2008年千葉ロッテ3位の上野大樹投手や乾真大などがいる中で1戦目の先発に抜擢されるとリーグ優勝に貢献、明治神宮大会では1回戦と決勝で先発を任され全国制覇を達成した。2011年のドラフトでは大学BIG3として注目を集めることとなる。

 2009年、東海大の菅野智之は春に5勝1敗でリーグ優勝を果たすも、大学野球選手権では先輩にマウンドを譲り初戦で敗退してしまう。東洋大の藤岡貴裕は主に抑えとして登板しリーグ優勝を果たし大学野球選手権でもリリーフでの登板しかできず準決勝で敗れた。明大の野村祐輔投手は春、秋で7勝をマーク、秋季リーグ戦で優勝し明治神宮大会に出場、初戦で完封勝利を挙げるも先発しなかった準決勝で上武大に敗れてしまう。戦力が揃うチームにおいて、本当に実力を見せられず、それぞれが悔しい思いをしていた。
 それでも夏に行われた日米大学野球選手権では野村、菅野、そして近大の中後悠平、早大・土生翔平が選ばれ、斎藤佑樹、大石達也、澤村拓一と共に戦い優勝、黄金世代のエースたちから大きな影響を受けた時でもあった。

名門に現われた二人の怪物

 その夏、高校1年生が甲子園の電光掲示板に148kmを表示させ、世代を代表する選手の登場を予感させた。帝京・伊藤拓郎投手は1年生とは思えない185cmの体から投げられる速球はリリーフ登板でわずか数球だったが140km後半を連発、甲子園のスタンドを盛り上げた。準々決勝では1回を投げて3失点と苦い経験もしたが、2年後のドラフト1位確実と思わせるのに十分な投球だった。
 夏の山梨大会、名門・東海大甲府は準決勝で甲府工業に敗れたものの、全試合4番サードを任された1年生がいた。後に高校生NO1内野手でドラフト1位で指名される高橋周平だった。

 続く


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