2014年ドラフトストーリー ~その2:前哨戦~

 2014年ドラフト会議で指名された選手104人にまつわる2008年からの6年間の物語。その2は2009年の話題です。

また福岡に集まる選手たち

 福岡ソフトバンクジュニアチームに集まった高濱祐仁、小野郁、中村誠などが今度は中学生となりシニアのチームにそれぞれ散っていく頃、九州共立大のグラウンドには新しく入学する選手の入学前練習が行われた。

 参加したのは、後に千葉ロッテからドラフト2位指名を受ける川満寛弥が沖縄から入学し、地元からは速球派左腕として評判の高かった自由ヶ丘の福地元春と八幡高校の竹下真吾が入学する。

 タイプの異なる左腕投手が集まり、この出会いがそれぞれの持っているものに火を点けた。この出会いをもたらしたのは山村路直、新垣渚、馬原孝浩を育てた名将・仲里清監督。九州各地の高校野球の試合を見て、気に入った選手を見つけては高校に訪れたり、空港で待ち伏せしたりして声を掛けて集めたものだった。

 仲里監督は大瀬良を中心としたこの世代がプロへ羽ばたくするのを見て、2014年の34年間にも及ぶ九州共立大の監督を勇退する。

 

前哨戦

 2009年のセンバツ大会が始まる。1回戦で注目を集めた試合は富山商と興南の試合だった。2年生の島袋洋奨は初回を三者三振で立ち上がると、2回も3三振、5回、6回も三者三振に抑えてスタンドを湧かせる。対する富山商の村上勇太投手も丁寧なピッチングで9回まで4安打に抑え、9回まで0-0の投手戦を見せた。

 延長10回、2年生の島袋が崩れた。先頭打者からこの試合18個目の三振を奪ったがヒットでランナーを許すと焦りを見せたのか犠打と自らのエラーでランナーを進められて2点タイムリーを浴びた。それでもこの試合の主役は島袋だった。最後の打者から三振をとり1試合19奪三振、10回を毎回奪三振という快投だった。しかしこの投球は翌年の興南・春夏連覇の前哨戦にすぎなかった。

 大会は進んでいく。習志野は4番センターに入った福田将儀の活躍で勝ち進む。2006年の斎藤佑樹投手の夏制覇の余韻が残る早稲田実は小野田俊介選手の投打の活躍で勝ち進んだ。早稲田実の前に初戦で敗れたのは天理、中村奨吾は試合に出場できずベンチでチームの負けを見た。この悔しさがこの後3大会連続でチームを甲子園に導く力となった。

 2回戦で習志野を、3回戦で早稲田実を下したのはこの大会で旋風を巻き起こした利府だった。注目選手こそいないものの、チームの勢いでベスト4に進出する。その利府を破ったのは菊池雄星の花巻東、そして決勝は今村猛の清峰が菊池雄星との投手戦を制して優勝した。

 2009年のドラフト会議で注目される3年生二人の対決となった決勝戦、2年生にとっては翌年への前哨戦として手ごたえを感じていた。

 

名を挙げる選手たち

 夏に向かうにつれ、少しずつ来年の高校野球の話しも出てくるものだ。そして2年生の話題もちらほらと見られるようになり、スカウトもそろそろ翌年のドラフト候補のリストアップをし始める。

 九州の話題はまだ続く。清峰が優勝した長崎県、体が大きく、肩がとにかく強くて投手をしていた長崎・海星の江越大賀選手だったが、打撃のセンスを活かすために外野手に転向する。外野手・江越大賀のスタートだった。春季九州大会は興南の島袋がセンバツの勢いを加速させ決勝まで勝ち進む。決勝では九州国際大付に敗れたが、チームは着実に力を付けていた。

 夏が始まる、外野手となった江越大賀は好調だった。11打数7安打5打点、ホームランも放ち注目選手となる。埼玉大会では和光の佐野泰雄が初戦の小鹿野戦で18奪三振2安打完封勝利を収め注目を集めた。

 兵庫大会ではプロ注目の井上真伊人投手を擁し前年の夏に甲子園に出場した加古川北と学問で有名な白陵高校が対戦した。スタンドは加古川北のコールド勝ちを予想したかもしれない。しかし試合は7回まで0-1、8回に2点、9回に6点を奪い加古川北が力を見せたののの、途中まで投手戦を演じたのは後に京都大進みプロ入りする田中英祐だった。

 マツダスタジアムがオープンした広島大会決勝、期待の投手が注目を集めた。180cm後半に80kg以上ある大きな体から140km/hを越す球を投げる広陵高校の2年生エース・有原航平投手。エースとしてチームを決勝に導く。この試合でも如水館を2点に抑えたものの1-2で敗戦、怪物候補の甲子園出場は翌年に持ち越しとなった。

 

東京の激戦

 東京は激戦模様だった。センバツベスト8の早稲田実は小野田俊介などが中心となり優勝候補筆頭だった。しかし雨に足元をすくわれる。4回戦の東亜学園戦、7月23日は雨の中の戦いとなり4回までに8点を奪い8-3と優勢で試合を進めた。しかしここで雨が強くなりノーゲームとなる。翌日、今度は序盤は守り合いとなった。所が6回、マウンドにいた小野田が四球とワイルドピッチ、味方のエラーなどで失点し満塁のランナーを残して降板すると、後続が抑えきれず、0-10のコールドで敗れる波乱となった。

 その西東京大会を制したのは日大三だった。大手術を戦った山崎福也は5番ファーストで出場すると、初戦の日野台戦で2打点をマークすると、創価高校戦では4打点を挙げるなど活躍し、準決勝の日野戦は7-6と接戦だったものの決勝でも19-2と6試合中5試合で2ケタ得点という圧勝で制した。エースは関谷亮太、2015年の社会人のドラフト1位候補として注目されている。

 東東京は帝京が勝ち上がった。3年生エースがいる中で2年生の山崎康晃は5回戦で対戦した強豪の修徳との試合で先発を任され、7回を3安打2四死球3奪三振で完封しコールドで勝利した。

 

夏の結果

 春に続き夏も甲子園に登場した興南の島袋洋奨は、初戦で九州の雄・明豊と対戦する。投げては150km/hの速球を投げ、打っても長打力のある選手として評価の高かった今宮健太との投手戦となり序盤、島袋は5回まで8つの三振を奪い無失点と再び快投を見せた。しかし6回に捉まると今宮に2本のヒットを許す。そして9回はサヨナラで甲子園初勝利を手にすることはできなかった。

 天理の中村奨吾は背番号15を背負っていたが3番レフトで出場すると、初戦は5打数4安打2本の2ベースと大暴れを見せる。しかし続く長野日大戦では1つの四球と2つの死球、厳しいインコース攻めを受けたが2打数1安打、チームは敗れたものの他校を脅かす選手として注目されるようになる。

 日大三の山崎福也は5番ファーストで出場したものの2試合でヒット1本に終わり悔しさの中で初の甲子園を去る。この大会後に関谷亮太からエース番号を受け継ぎ、エースに成長していく。

 帝京はこの大会の話題をさらった。それは山崎康晃投手の後輩にあたる1年生の伊藤拓郎によるものだった。初戦で9回に登板した伊藤は147km/hを記録、続く九州国際大付戦では148km/hを記録して怪物と呼ばれる存在となった。先輩の山崎康晃の登板は準々決勝の県岐阜商戦、先発3年生の平原投手が3失点、その後登板した怪物・伊藤拓郎も3失点し0-6の場面での登板だった。

 しかしここで意地を見せる。最速147km/hの速球を投げてスタンドを湧かせると3回を2安打無失点に抑える。チームは敗れたものの2点を返した。山崎康晃のリリーフでの強さはここが原点ともいえそうだ。この年の秋・伊藤拓郎はドラフト9位で横浜ベイスターズに指名され一足先にプロ野球選手となる。しかし5年後、その伊藤拓郎投手が戦力外となるとその年の横浜DeNAにドラフト1位で山崎康晃投手が指名される。リリーフのような形で伊藤拓郎と入れ替わるのは、偶然なのだろうか。

 この夏は決勝で日本文理の脅威の追い上げを見せたものの中京大中京が優勝した。

 

そして翌年へ

 社会人の都市対抗野球では2007年にプロ志望届けを出しながらも指名漏れとなった三菱重工長崎の高木勇人投手が2年目にしてリリーフとして花開く。144km/hの速球を記録し2010年のドラフト解禁に向けて注目されるようになる。悲願のプロ入りへ向けて来年を見据える。

 2年生の選手も夏の大会を終え、秋からの新チームでは1ケタの背番号を背負いチームの中心となった。そして、来年の甲子園、プロ入りに向けた戦いがスタートする。

(つづく)


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