2015年ドラフト総決算~高校生編その3~

2015年秋、高校生の候補たちがいよいよドラフト会議を迎える。

黒星から

2015年の高校野球のシーンで中心となったチームは仙台育英だった。しかしそのチームはまさかの黒星からスタートする。

夏の甲子園の熱がまだ残る9月14日、秋季宮城県大会の地区予選で波乱が起こった。仙台育英が聖和学園に敗戦、まさかの黒星を喫した。幸いにも敗者復活戦があり、2勝して宮城大会に出場することができたのだが、名門・仙台育英の立ち上がりは危ういものだった。それでもその黒星が選手に覚悟を与える。エースの佐藤世那はその後の試合をすべて一人で完投し投げ切る。平沢大河、郡司裕也といった主軸も自分の仕事をきっちりと仕事をする。こうして次第にまとまり、自信をつけたチームは明治神宮大会まで白星を重ね続け、見事にまず秋のチャンピオンに上り詰めた。

東海大相模は吉田凌、小笠原慎之介、長倉蓮、豊田寛といった注目選手がそろった黄金世代が最上級生となったが、新チームは手探りの状態だった。門馬監督は夏の神奈川大会決勝で20奪三振の吉田ではなく、左腕の小笠原慎之介に背番号1を与えていた。夏以降調子を崩していた吉田は悩みの中に沈み、チームも勝てば関東大会出場が決まる準決勝で、平塚学園の1年生・高田孝一投手に足元を救われて敗退、センバツ出場を逃してしまった。

東海大会では県岐阜商の高橋純平がいよいよ覚醒の時を迎える。1回戦2回戦を完封、準決勝も1失点で完投しセンバツ出場を決めた。150キロを超す速球を自信満々に投げおろし、視察したプロのスカウトも来年のドラフト1位を確信していた。また東海大会では静岡と日大三島にも注目が集まった。静岡の3番・内山竣、3番・堀内謙伍、5番・安本竜二が3者連続ホームランを放つ。その強力打線に立ち向かいながらコールドで敗れた日大三島だったが、エースの小澤怜史は140キロ後半の速球をスバスバと投げ込んでくる。高橋のライバルも続々と登場していた。

近畿大会でも天理が力を見せていた。報徳学園、大阪桐蔭、龍谷大平安をねじ伏せ決勝に進出すると、立命館宇治も下して優勝を飾った。1番・船曳海、3番ショートの貞光広登、4番の坂口漠弥が分厚い攻撃を見せた。東京では東海大菅生の勝俣翔貴がエースで4番として活躍、投げては140キロ中盤の速球、打っても長打を見せ注目された。

しかしそれらの強豪をねじ伏せたのが仙台育英、来年は打倒・仙台育英を目標に各チームが動き出す。

 

夏へ

こうして迎えたセンバツ大会、優勝したのは平沼翔太の敦賀気比だった。平沼の老獪ともいえるピッチングに、篠原涼主将の活躍、そしてシンデレラボーイとなった松本哲幣の活躍で悲願の全国制覇を果たした。仙台育英は2回戦でこの敦賀気比と対戦、平沼翔太と佐藤世那の投げ合いは2-1で平沼が制した。王者を下した敦賀気比はこれで勢いに乗ったと言ってよいだろう。

そして今大会で最も注目されたのは県岐阜商・高橋純平だった。甲子園のマウンドで150キロのストレートは迫力を増し、自信満々にストライクに投げ込む。2回戦では近江の小川良憲と投げ合い3安打10奪三振で完封、12球団とMLBのスカウトも視察する中で圧巻のピッチングを見せた。

春季大会、関東第一のオコエ瑠偉に注目が集まった。センター前の平凡なゴロのヒットだったが、オコエは果敢にセカンドを狙う。外野手に油断がなかったとは言えないものの、セカンドまで近い距離で捕球したセカンドに送球したが、既にオコエの足がセカンドについていた。プロのスカウトは手帳のスコアに2ベースヒットを記入したが、それと同時にオコエ瑠偉の名前に◎をつけていた。

春は東京では早稲田実の清宮の活躍が話題となる中で、早実の主将となっていた加藤雅樹、国学院久我山の了海航の二人の捕手が注目された。了海は加藤と同じ福生シニアでプレーし、二人はしのぎを削る。シニア日本代表にも選ばれた加藤は早稲田実に進路を決めると、了海は同じ西東京のチームを選び「甲子園を競う」ことを選択する。ともに注目される捕手となり夏を目指す。

東海大相模でエースを争った二人は明暗を分けていた。エース番号を背負った小笠原は体が一回り大きくなり、まだフォームがしっくりこないようだったが、140キロ中盤の速球を楽に投げるようになっていた。一方、吉田陵はストレートのキレを意識していた。しかし1年時のような150キロの速球も2年時のような鋭いスライダーも見られなかった。

この時期も新星が現れた。大分商の森下暢仁投手は東海大相模との練習試合で登板し140キロ中盤の速球をを見せる。キレイに腕を振るフォームにプロのスカウトも注目し、ドラフト上位候補と評価をしていった。

仙台育英の平沢は、インコースに厳しい攻めを見せられると打率が1割台に低迷、また足の指を骨折するなど調子を崩していた。

それぞれに自信や不安を抱え、最後の夏を迎える。

 

サバイバル

夏の大会は生き残りの大会、負ければそこで3年生の高校野球は終わる。毎日半分のチームが生き残り、半分のチームが消えていった。

岐阜で衝撃が走る。県岐阜商の高橋純平が左足を痛めた。連日のように新聞が状況を伝え、スカウトがチェックのためにグラウンドや球場に足を運んだ。それでも正確な情報はつかめず、軽傷なのか重傷なのか、今後に影響が出るかなどを周りが心配していた。チームは勝ち進み、高橋も短いイニングで登板したが、春の躍動感は見られず、スカウトからは不安の声も上がった。エースのいないチームも敗退し、高橋の高校野球が終わを告げた。

履正社、大阪桐蔭、浦和学院など強豪も甲子園の前に姿を消す中、秋の王者・仙台育英、春の王者・敦賀気比、そして東海大相模が甲子園出場を決めていた。

甲子園でも強打の静岡や天理が1回戦で姿を消す。関東一のオコエ瑠偉はファースト強襲ヒットで再びセカンドに到達する快足を見せ、その後も2本の3ベースヒットを記録し、12-10で2回戦に進出した。早稲田実の加藤雅樹も主将として清宮幸太郎をコントロールしてチームが勝ちすすんでいく。

また、2度目の甲子園となった秋田商の成田翔投手は、自信満々の投球を見せる。1回戦の龍谷戦では1失点も3安打16奪三振の三振ショーを見せた。中京大中京の上野翔太郎も伸びるストレートで2回戦を突破する。九州国際大付と大阪偕星の試合ではプロ注目のスラッガー山本武白志と姫野優也のホームラン合戦が見られた。

オコエ瑠偉は決勝のホームランや外野での超ファインプレーでチームをベスト4に導く。そして勝ち残ったのは、小笠原、吉田などの東海大相模と平沢、佐藤世那の仙台育英だった。小笠原は152キロを記録し、平沢は序盤は予選からの不調が続いていたが、準々決勝、準決勝でホームランを放ち調子を上げていた。そして両雄が激突、共に疲労していた佐藤世那と小笠原慎之介の投げ合いは、10-6で東海大相模が優勝、吉田と小笠原など黄金世代が出会って2年と半年、夢に見た全国制覇だった。

 

プロへ

日本で開催されたU18ワールド杯は、決勝の聖地甲子園の舞台でアメリカに敗れた。しかしオコエ瑠偉の足と守備、アメリカを完封した佐藤世那の好投、疲労やケガで思ったような投球ができない小笠原や高橋に代わり、上野翔太郎、成田翔、花巻東の高橋樹也が好投を見せていた。

3年生の高校野球すべて終わり、それぞれが進路の決断をする。U18代表の平沢大河、オコエ瑠偉、佐藤世那、小笠原慎之介、高橋純平、高橋樹也、成田翔はプロ志望を表明した。また一時は社会人に進むことを決めていた静岡の堀内謙伍は、代表メンバーとふれあい、そして国際大会でプレーして自信をつけ、プロ志望を表明した。

しかし上野、森下や船曳などは大学進学を決め、勝俣翔貴もまたドラフト2位以内で指名されればプロ入りというハードルを設定した。

ドラフト会議では高橋純平を中心に小笠原慎之介、平沢大河、オコエ瑠偉がドラフト1位候補として名前が挙げられた。そして1位指名で高橋純平に3球団が、平沢大河に2球団が指名し抽選となった。そして外れた球団が小笠原、オコエを指名し、4人がドラフト1位でプロ入りした。

続く2位指名では日大三島の小澤怜史と智弁学園の廣岡大志の名前が呼ばれ、続いて成田翔、堀内謙伍、高橋樹也、佐藤世那なども指名されていく。2年春のチャンピオンのエース・高橋奎二、3年春のチャンピオンのエース平沼翔太も指名され、小笠原とエースを争った吉田凌も指名された。

それぞれがプロ野球選手となった。

2015年高校生編 ~完~


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