2016年ドラフト総決算~その8:佐々木千隼投手の外れ1位5球団指名重複はなぜ起こったか~

2016年ドラフトニュース

9月を過ぎ、10月に入ってもドラフト1位指名を公表するチームは現れない。田中正義佐々木千隼寺島成輝藤平尚真今井達也を巡る動きの全容。そして、2016年ドラフト候補への感謝。

佐々木千隼投手の外れ1位5球団指名重複はなぜ起こったか

例年であれば、その年のNO.1選手を指名する北海道日本ハムや横浜DeNA、福岡ソフトバンクなどは、9月の段階では田中正義の指名がほぼ確実としてもおかしくなかった。しかし、北海道日本ハムは高校生の台頭を受けて、U18アジア選手権にもスカウトを派遣し、高校生の動向を追い続ける。春まで栗山監督からも母校の後輩である田中正義へのコメントが出ていたものの、田中正義投手の故障以降はそのコメントがピタリと止まっていた。

田中正義の状態はどうなのか、秋に復帰登板を果たしてもスカウトの中では何か引っかかるものがあった。これまでになかったような荒げた声を発しながらバッターに向かっていく田中正義も、何かを掴むため必死になっている様子だった。

最初に指名を公表したのは、例年指名選手を読むのが難しい千葉ロッテだった。17日のスカウト会議で田中正義投手の1位指名を決定して公表し先制攻撃を仕掛けた。直後の会見で佐々木千隼投手の名前も挙げるなどしていたが、再び戻った松本編成部長が田中投手を発表するというという異例の公表だった。それに呼応して広島と巨人でが10月19日、ドラフト会議の前日のスカウト会議を終え巨人は堤GMが「明日は田中投手で行きます」と公表すると、広島も松田オーナーから「田中でいくよ」と公表された。

東京ヤクルトは18日のスカウト会議で寺島成輝の1位指名を決めていたことが後にわかる。当日の新聞記事では真中監督の「1位候補は2、3人かな。正直、決めかねている。当日まで悩みます」というコメントが書かれているが、実際には寺島投手の1位指名を決定しており、隠しておくのに必死だったという。

また19日には横浜DeNAの高田GMも「誰にするのか、俺の中では決まっている」と話し、これが明治大の後輩・柳裕也投手だった。福岡ソフトバンクもその時点で田中正義投手の1位指名でほぼ決まっていた。北海道日本ハムはドラフト前日に1位指名を決定したが公表はしなかった。しかしそれは田中正義投手で、当日のスポーツ紙は全紙とも田中正義を予想していた。

オリックスはフロント側では田中正義の指名で決まり、前日のスカウト会議で福良監督にも説明をする。しかし福良監督は肩の故障がある田中投手が来年開幕から投げられるのかを疑問視し、故障のない山岡泰輔投手の獲得を主張する。これは前年に投手が欲しかったものの吉田正尚選手の指名を決めていたフロントへの気持ちもあったのだろう。結局ドラフト当日のスカウト会議でオーナーも了解し福良監督の主張通り、山岡投手の単独1位指名が決まる。

中日は今井達也投手の1位指名を決めていた。しかし当日、西武が今井達也投手を指名するという情報が入る。その時点で単独指名が有力とみられた柳裕也投手の指名に切り替えた。ドラフト前に横浜DeNAの高田GMが決めていたのは柳の1位指名で結果的に重複をしてしまう。

そして阪神である。フロントもスカウト陣も佐々木千隼投手、田中正義投手の投手に絞っていた。田中投手は肩の故障が気がかりだったが、佐々木投手は1年目から勝てる最も即戦力に近い投手と評価し、前日に佐々木投手の1位指名で決定をしていた。しかし阪神は監督が最終的に1位指名を決定する。当日午前中のスカウト会議で、野手の1位指名を思い描いた金本監督が白鴎大・大山悠輔選手のリストをもってスカウト会議に来る。その時点で佐々木投手は単独1位指名の可能性が高いという情報を掴みスカウトは佐々木投手を推したが、金本監督の意思は変わらなかった。

ちなみに大山選手は東北楽天が2位で指名を狙っており、1位・佐々木、2位・大山は難しいことは監督もスカウトも認識していたという。

東北楽天の1位指名は全く謎だったという。関係者が最も驚いたのは阪神の大山選手指名とともに、東北楽天の藤平尚真1位指名だった。

こうして、それぞれの思惑が交差し、佐々木投手は外れ1位で5球団指名重複となった。

最後に

大学生投手が豊作と言われた2016年のドラフト会議、最後の年に田中正義投手などの波乱によって大きく動揺したものの、最終的には大学生投手2人が5球団指名重複という形となり、また大学生投手が5人1位指名されるなど中心だったのは間違と思います。しかし、高校生投手4人が1位指名され、ラストシーズンに大きく盛り返した形となりました。

全体で高校生46人、大学生42人、社会人17人、独立リーグ10人の合計115人が指名され、114人がプロ入りをしました。114の夢が叶った瞬間ですが、それ以上に多くの、おそらく数えられないほどの夢が叶えられなかった瞬間でした。

しかし、夢が叶った選手と叶わなかった選手の差は、大きくないのだと思います。もう一度同じ候補選手でドラフト会議を行えば、おそらく違う選手が指名されたのかもしれません。

指名されなかった選手は、自分が悪かった。努力が足りなかった。周りに申し訳ない、と落ち込んでいる選手もいるかもしれません。しかし、努力をしたからこそ、ドラフト会議でドキドキしながら指名を待っていたのだと思います。もしかすると指名された選手以上に努力していたのかもしれません。

また指名されなかった事で自分を責めることはありません。悪い事など何一つありません。

前を向いて、もう一度チャレンジする機会を掴むために。

そして再びドラフト候補として名前が挙がるようになり、今度はその声が今よりも大きなものになって、そしてドラフト会議で名前が呼ばれる日が来るのを待っています。

 

プロ入りの夢が叶った選手は、本当におめでとうございます。しかしプロには、今までの精一杯の努力で夢をかなえた選手たちが集まっている舞台です。私たちはアマチュア時代に期待した以上の姿を、プロ野球の舞台で見せてくれるのを待っています。

1996年のドラフト会議からスタートしたドラフト会議ホームページですが、その年に広島カープの2位で指名された黒田博樹投手が引退をしました。しかし千葉ロッテの井口選手がまだ現役を続けています。21年という歳月は重く感じますが、あっという間にも感じます。専修大で150キロを記録した黒田投手の姿が、今年見た風景にも思えます。

またドラフト会議ホームページでは、新たな選手を紹介し続けてゆきたいと思います。

おわり

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