光星学院・北條史也選手、田村龍弘選手 コンビが続くのかライバルになるのか、ドラフト会議が運命を握る

光星学院, 田村龍弘, 北條史也

 3度目の正直とはならなかった。決勝で大阪桐蔭・藤浪晋太郎投手と対戦し、田村龍弘選手は9回に詰まりながらもヒットを放ったものの4打数1安打2三振、北條史也選手は4打数ノーヒット2三振に斬って取られ完敗だった。北條選手は「春より変化球のキレもすごくよくなっていた」と認めた。

 しかし、田村選手は第1打席、第2打席と三振を喫したが、第3打席はレフトに大きな飛球を打ち上げ、第4打席はヒット。準々決勝で桐光学園・松井裕樹投手を攻略したときのように徐々にタイミングを捉えていた。また北條選手もフルスイングを続け、痛烈な打球のフライを打ち上げるなど球威に負けないリストの強さを見せた。「対戦する機会があったら次は打ちたい」と話している。

 北條選手は大会4本塁打で自信を深め、試合後に「プロ志望届けを出すつもりです」と話しプロ志望を表明した。田村選手は「プロに行きたい気持ちもある」と話したが「相談したい」と慎重な構えを見せた。

 田村選手は小学生の時から一緒にプレーしてきた北條選手について「今後、一緒にやったり、対戦することもあると思うので、楽しみにしたい」と話した。光星学院への進学も北條選手が田村選手を誘い一緒にプレーしてきた。3番・田村が出塁し、4番・北條がホームに返してきた。二人のコンビがこれからも続くのか、それともライバルとなるのか、それはドラフト会議が運命を握っている。

光星3季連続準V、北條プロでリベンジだ! - サンケイスポーツ:2012/08/24

  天を仰ぎ、顔をしかめた。3点を追う九回一死一塁。北條が二飛に倒れる。4打数無安打2三振…。4番が藤浪に屈し、頂点奪取は夢と消えた。

 「球が速くて威力がありました。(藤浪の)気迫がボールに伝わってきました。相手の力が上でした」

  「坂本2世」と呼ばれる北條は、本家の巨人・坂本をしのぐ打棒だった。22日の準決勝(対東海大甲府)の2打席連発を含め、歴代2位タイの4本塁打をマーク。「内角球のさばきがうまい」と、高校の先輩でもある坂本の打撃を参考にしながら、高校通算25本塁打の強打者に成長した。

 卒業後の進路はプロ一本だ。大会を終え「プロにも近づいたと思う。プロ志望届を出します」と明言。「(プロで)対戦することがあったらやりたい」と藤浪との再戦を望んだ。

 試合後は藤浪と握手を交わし、お互いに「ありがとう」と言葉をかけたという。この悔しさをバネに進化を遂げ、次なるステージでリベンジを果たす。 全文はサンケイスポーツのサイトをご覧ください。 

北條 フルスイング真っ向勝負で散った「完敗です」 - スポーツニッポン:2012/08/24

  フルスイングで豪快に散った。3点を追う9回1死一塁。大阪桐蔭・藤浪が挑んできた全球150キロ超の直球勝負に光星学院の北條も全力で応えた。3球目。外角高めの151キロを強振した打球は二飛に終わった。

 「直球狙いで直球で打ち取られた。捉えられなかったのは藤浪の凄さだと思います。完敗です」

 今春センバツの決勝では2安打2打点と打ち込んだ藤浪に、2三振を含む4打数無安打。前日の2打席連続バックスクリーン弾など準決勝まで4本塁打を放った打棒は完全に抑え込まれたが、すがすがしい表情で振り返った。

 頂は遠かった。でも、3番を打つ田村との絆があったから、頂の近くまでは来られた。大阪出身の2人は中学時代からチームメートだった。ただ当時は日本代表に選出される実力を持っていた田村に対し、北條は目立った実績はなかった。それでも光星学院への進学が決まると、大阪桐蔭からも誘われていた田村を口説き落としてともに青森へ渡った。厳しい練習に音を上げ、寮を逃げだそうとしたことも一度や二度ではないが、仲井宗基監督から「人生は自分で切り開け。坂本(巨人)も夜中の2時までバットを振っていたぞ」と言われ、田村とともに来る日も来る日もバットを振り込んだ。「中学では陰に隠れて悔しかったけど、練習して田村に追いつけた」と笑顔で話した。

 昨夏の日大三(西東京)戦に続いて、決勝の舞台で2年連続の零敗。東日本大震災からの復興元年に東北に初の優勝旗を持ち帰ることはできなかった。ただ、夢の続きはある。北條、田村はともに今後はプロ志望届を提出する。「また藤浪が投げるときに打席に立つことがあれば、次は絶対に打ちたい」。プロという新たなステージでの雪辱を誓い、甲子園を後にした。 全文はスポーツニッポンのサイトをご覧ください。 

北條、2K完敗!光星学院、3季連続の準V…夏の甲子園 - スポーツ報知:2012/08/24

 今夏、初めてスポットライトを浴びた。3番を打つ田村龍弘とは、小4で入団した大阪・浜寺ボーイズで出会って以来の付き合い。中学時代には、オール狭山ボーイズで「3番・北條」「4番・田村」のコンビで鳴らしたが、田村はボーイズ日本代表に選ばれた。「タツにはすべての面で負けてた。高校に入って、ちょっとでも追いつけたらいいと思っていた」と振り返る。

 憧れの巨人・坂本を育てた光星学院・金沢成奉監督(45、現総監督)に「坂本になれる」と口説かれて、田村とともに進学。だが、1年秋に当時三塁手だった田村が東北大会で1試合3本塁打を放ち、“坂本2世”として有名に。「タツが先に“坂本2世”と呼ばれて悔しかった」。遊撃のレギュラーだった北條のハートに火が付いた。

 そして最後の夏。ついに先を行くライバルを追い抜いた。あの清原以来2人目となる、2度の2打席連続アーチを記録するなど4本塁打、10打点の大暴れ。4季連続出場で作った甲子園通算29打点は、清原と並ぶ偉大な数字だ。

 「自分の力を発揮できた。プロに近づいた大会だと思う」。史上初の3季連続の準V。深紅の大優勝旗こそ東北に持ち帰れなかったが、聖地に強烈な記憶と記録を残した。最強の敗者は、堂々と胸を張って憧れの先輩が待つ世界へと進む。 全文はスポーツ報知のサイトをご覧ください。 


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