2026年センバツ高校野球大会の21世紀枠候補高校が発表されたので紹介します。
21世紀枠、各地区候補一覧
| 地区 | 学校名 | 今秋県・地区大会成績 | 甲子園出場 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 士別翔雲 | 北海道大会 8強 0-1 白樺学園 |
なし |
| 東北 | 名取北 | 宮城県大会 3位 東北大会 1回戦 1-3 鶴岡東 |
なし |
| 関東・東京 | 上尾 | 埼玉県大会 4強 3-4 浦和学院 |
春3夏4 |
| 東海 | 四日市 | 三重県大会 4強 0-7 津商 |
春1夏2 |
| 北信越 | 若狭 | 福井県大会準優勝 北信越大会 1回戦 3-11 中越 |
春3夏7 |
| 近畿 | 郡山 | 奈良県大会 4強 4-6 橿原学院 |
春6夏6 |
| 中国 | 山口鴻城 | 山口県大会 3位 中国大会 1回戦 1-5 倉敷商 |
夏3 |
| 四国 | 高知農 | 高知県大会 8強 2-3 明徳義塾 |
なし |
| 九州 | 長崎西 | 長崎県大会準優勝 九州大会 8強 0-5 九州国際大付 |
春1夏3 |
北海道・士別翔雲
士別高校と士別商業が統合した士別翔雲は、平成19年に野球部が創部の公立高校。今夏は182cm84kgから143キロを投げる大橋広翔投手がプロに注目され、北北海道大会ベスト4まで勝ち上がるも、白樺学園に3−12で敗れた。
この秋も北海道大会に進出すると、準々決勝で白樺学園と対戦、敗れたものの0−1と接戦を演じた。
東北・名取北
昭和54に創部された野球部で、甲子園の出場は無しだが、岸孝之投手の出身校。
今秋は東陵との初戦を10−9という激戦で突破すると勢いに乗り、東北学院榴ケ岡にも勝利して4強に進出、準決勝で仙台育英に1−11と跳ね返されるも、3決定戦では気仙沼に勝利して東北大会出場を決めた。東北大会でも鶴岡東に1−3と接戦だった。
関東東京・上尾
昭和33年に創部された野球部で、甲子園には7度の出場をしている。1975年には原辰徳の東海大相模に勝利してベスト4に進出している。1984年を最後に甲子園から遠ざかっているが、常に上位に顔を出している埼玉県の強豪。
夏は5回戦で昌平に敗れ、秋も準決勝で浦和学院に敗れたものの、7回までリードをして3−4という接戦だった。昌平、浦和学院、花咲徳栄、叡明といった強豪の壁は分厚いが、古豪のファンは少なくない。
東海・四日市
学校創立と野球部創部が明治32年の伝統校。公立の進学校として野球部からも過去5年で東大2人、京大6人を輩出している。センバツには1947年に、夏の甲子園には1955年と1967年に出場し、55年には全国制覇をしている。
秋は三重大会で、いなべ総合、宇治山田商という強豪を撃破、津田学園と津商には大敗をしたものの、古豪・四日市の名を轟かせた。田中新投手の打たせて取る粘りの投球が鍵。
北信越・若狭
明治30年に創立され、野球部は大正11年に創部の伝統校。1950年に夏の甲子園に出場し、春夏合わせて10回の甲子園出場、1969年には夏の大会ベスト4に進出をしているが、1974年を最後に遠ざかっている。
今秋は福井大会の準決勝で福井工大福井に6−5で勝利し、52年ぶりの北信越大会に出場した。2番を打つ森治歩夢二塁手が巧打の左打者で、北信越大会の中越戦でも2安打を記録、俊足を活かしてチャンスを広げる。
近畿・郡山
学校創立は明治26年、野球部創部も明治30年の伝統校。1933年に郡山中として甲子園に出場すると、春夏合わせて12回の甲子園に出場しており、1998年のセンバツでは、準々決勝で横浜高校と対戦、松坂大輔投手に完封負けをしている。2000年の夏のが甲子園出場の最後。奈良県屈指の進学校で今春も京大、阪大、神大など国公立に138人の合格者を出している進学校。
近年も奈良県の強豪として強さを見せているが、天理や智弁学園などの壁が立ちはだかり、昨夏、昨秋、今秋もベスト4入りをしている。今秋は高田商を破って準決勝に進出するも、智弁学園に0−9で敗戦、3位決定戦でも橿原学院に敗れた。
中国・山口鴻城
鴻城中学校として明治22年に創立された学校で、野球部の創部は大正4年の伝統校、1920年に中学として選手権に出場すると、1962年と1992年の夏の甲子園に出場し、大正、昭和、平成の元号で甲子園に出場している。
この秋は山口大会で3位に入り、46年ぶりという中国大会に出場した。初戦で倉敷商に敗れたが、4元号での甲子園出場を目指している。
四国・高知農
学校創立は明治23年、野球部創部は昭和22年の伝統校。甲子園の出場は無し。野球部はマネージャー3人も含めて部員数21人、2021年には部員数が足りずに連合チームで戦った事もある。
秋の高知大会では優勝した明徳義塾に2点を先制し、同点に追いつかれるものの2−2のまま延長戦までもつれこみ、延長10回にサヨナラで敗れたものの、強豪と接戦を演じた。山下投手が9回2/3を投げて6安打10奪三振3失点(自責点1)と素晴らしい投球を見せた。
九州・長崎西
創部は昭和23年という歴史のある野球部で、1951年の春にセンバツ、1981年の夏の甲子園に出場、1981年は初戦で工藤公康投手の愛工大名電にノーヒットノーランを喫した。
今秋は九州大会に出場し、所詮で佐賀1位の唐津商業を9−2で破る力を見せた。続く準決勝では、明治神宮大会で優勝した九州国際大付に0−5で敗れたものの、全国クラスの強さを見せる。





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