プロ野球が27日に開幕、巨人はドラフト1位ルーキーの竹丸和幸投手(24=鷺宮製作所)が、球団の新人としては1962年の城之内邦雄氏以来、64年ぶりとなる開幕投手の大役を任されると、6回3安打1失点の快投。阪神に3−1で勝利した。新人では1958年の杉浦忠(南海)以来68年ぶり、巨人の新人では史上初となる「開幕戦先発勝利」という金字塔を打ち立てた。
阿部慎之助監督も「素晴らしいの一言」と絶賛
笑わない男。満員の東京ドームが揺れるような大歓声のなか、竹丸和幸投手は最後までポーカーフェイスを貫いた。記念すべきプロ初登板の第1球は、高めの145キロ。好打者の近本光司を中飛に仕留めると、一気に波に乗った。最速150キロの直球を軸に、3回まで二塁を踏ませない完璧な立ち上がり。4回に1点を失ったものの崩れることはなく、勝利投手の権利を持ってマウンドを降りた。圧巻は6回、中野拓夢、森下翔太、佐藤輝明の強力上位打線を3者連続凡退に封じ、ベンチに戻り阿部慎之助監督と握手を交わした。
試合後、阿部慎之助監督(47)は「素晴らしいの一言」と手放しで教え子を称え、さらに「ひょうひょうとしてるというか、動じてないというかね。すごいなと思って見てたんですけど」と話し、竹丸投手に「君はすごいな」と驚嘆の声をかけたという。お立ち台に上がった竹丸投手は、普段の冷静さを崩して「めっちゃうれしいです。最高です」と普段見せない笑顔を見せた。
「野球は成り行き」――。控え投手から名門のエースへと登り詰めた芯の強さ
新人離れした落ち着きを見せる竹丸和幸投手だが、その素顔は意外なほど淡々としている。野球が好きかと問われれば「始めた時は好きでしたけど(今は)別に好きでやっているわけでもない。成り行きですね、流れで。とりあえず野球で進学、就職みたいな感じで(日刊スポーツ)」とあっさり答える。しかし、その言葉の裏には決してブレない芯の強さが隠されている。崇徳高時代にはマネジャー転向を打診されたが「やりたくないので、やらないです」ときっぱり拒否。自らの意志を曲げずに右腕を振り続けてきた。
小・中・高と目立った実績はなく、常に控え投手の立場だった。阪神ファンの父の影響で家にあった選手名鑑を眺め、「こんな経歴、自分が歩めるはずがない(スポニチ)」とプロの世界を夢のまた夢と考えていた。しかし、高校の恩賜だった應武監督が度々、野球を続けるようにアドバイスを続け、大学、社会人と進んでいった。社会人の鷺宮製作所でエースとして開花した。
64年前の新人開幕投手・城之内邦雄氏も「逃げない姿勢」を祝福
1962年に新人として開幕投手を務めた「エースのジョー」こと城之内邦雄氏(83)も、後輩の快挙に喜びの声を寄せた。竹丸投手の投球について「テレビで見たがいいボールを投げていた。まずは自分の思うように投げればいい(スポニチ)」とエールを送り、勝利が決まった後には「『絶対に逃げるな』を体現してくれた(スポーツ報知)」と、そのマウンド度胸を称賛した。ドラフト制導入以降では球団初となる新人開幕勝利。2月の対外試合デビューから14イニング連続無失点を記録するなど、実力で掴み取ったこの1勝は、巨人の長い歴史に新たな1ページを刻むこととなった。
「あとの投手と野手の全員が点を取ってくれて、勝利させてくれたので、そこは次の試合にしっかりマックスで合わせること(スポーツ報知)。」快挙に浮かれることなく、すでに次戦を見据える竹丸投手。巨人軍の背番号21はひょうひょうと、勝ち星を積み重ね、知らずのうちに新人王になっているのかもしれない。
【竹丸 和幸】 プロフィール
- 氏名: 竹丸和幸(たけまる・かずゆき)
- 所属: 読売ジャイアンツ(ドラフト1位・1年目)
- 出身: 広島県(崇徳高-城西大-鷺宮製作所卒)
- ポジション: 投手
- 投打: 左投左打
- 身長・体重: 179cm、76kg
- 主な特徴や実績: 球団新人として64年ぶりの開幕投手。6回1失点で球団初の新人開幕戦先発勝利を達成。最速151キロの直球と精密な制球力が武器。鷺宮製作所時代に都市対抗で活躍し、即戦力として期待される。ポーカーフェイスがトレードマーク。











コメント