東海大・菅野智之投手、巨人以外ならアメリカでプレーも

菅野智之, 東海大

 東海大・菅野智之投手が会見を行い、「自分には待つことしかできない。やることをしっかりやって、充実した気持ちで来週の木曜日を迎えたい」とコメントをした。また、意中でない球団だった場合については「そうならないことを祈るだけです。かわっていない」と話し、巨人入りを熱望した。

 また東海大・横井監督は菅野投手について、「アメリカに行くであろうと思う。野球留学も含めて、本人もいろいろ興味があるみたい」と話し、巨人以外ならアメリカでプレーする可能性があることを示唆した。

 これは中大時の沢村拓一投手が使ったのと似た方法、沢村投手が直接口にしなかったものの、当時の中大・高橋監督が「意中の球団があるようだ」と話し、報知新聞が1面で「巨人以外ならメジャー入り」と報道して、連係プレーで他球団が指名できない状況を作った。

 去年は、原監督の親戚という事もあり、早くから他球団はあきらめムードだったこともあって余裕を持ちすぎたのか、「意中の球団以外ならメジャー」という方法をハッキリと行わなかった印象。

 そして今年、今朝の報知新聞ではやはり菅野・巨人!の見出しがあった。

 昨年、北海道日本ハムを拒否して1年浪人して、「さすがに2年間は空けられない」という思いは菅野投手にもプロ球団側にもあったでしょう。なので横浜DeNAは1位の最終候補に残しているのですが、でもさすがに指名は無かったように思います。

 菅野投手側が念には念を入れてこのような会見をしたのでしょうが、ハッキリ言って印象は悪くなりました。

 

 

   昨秋のドラフト会議で日本ハムの1位指名を拒否し、1浪した東海大の菅野智之投手(23)が16日、不変の“ジャイアンツ愛”を表明した。25日のドラフト会議を控え、伯父の原辰徳監督(54)が指揮する巨人入りを目指す157キロ右腕は、巨人以外からの指名について「そうならないことを祈るだけです」と話した。また、東海大の横井人輝監督(50)は巨人以外の球団が交渉権を獲得した場合、菅野が渡米を検討していると明かした。

 

 幼少時からの「夢」は、苦難の1年を経ても不変だった。菅野はこの日、平塚市内の東海大グラウンドで練習を公開。約30人の報道陣の取材に応じ、意中の球団(巨人)への思いに変化はないかを聞かれ「そうですね」と即答。昨年同様、今回のドラフトで他球団から指名があった場合について聞かれると「そうならないことを祈るだけです」と力を込めた。全文はスポーツ報知のサイトをご覧ください。 

菅野、ドラフト前に激白!巨人ダメなら米国行く - サンケイスポーツ:2012/10/17

  周囲への気遣いからか、はっきりと巨人の2文字を口にしない菅野の胸中を代弁したのが横井監督だ。「僕の立場でいえるのは、そう(巨人指名)でなければ、アメリカにいくであろう、日本にはいないであろうということ。野球留学に興味を持ってるし、いろんな選択肢がある。こういうこと(浪人生活)を(あと)1年やるのは、本人も私も考えたくない」

 

 実戦を積めない国内での2浪は回避し、“特例措置”の残る米国へ。江川、元木らと同様に米国のアマ球界を経て、巨人へという選択肢も捨ててはいない。全文はサンケイスポーツのサイトをご覧ください。 

 運命のドラフトを前に、神奈川県平塚市の同大で取材に応じた右腕は、伯父の原辰徳監督が指揮を執る巨人への思いが変わらないかと問われ、「そうですね。(他球団からの指名が)ないことを祈るだけです」とあらためて強い意志をのぞかせた。

 

 今秋ドラフトに向けて菅野と面談した横井人輝監督も、巨人以外から指名を受けた場合について言及。「留学を含めて米国に行くだろう。日本にはいないのではないか」と大リーグ入団を含めて渡米の可能性を示唆した。現在は就職が決まらない学生のための制度を使い、東海大に籍を残すが、その期限も1年間だけ。そのため巨人以外なら海を渡る計画だ。全文はスポーツニッポンのサイトをご覧ください。 

 ――ドラフトを前にした今の心境は。
「自分にできるのは、やることをやって待つこと。大きな区切りになることは確か」

 
 ――1年を振り返って。
 「凄く短かった。長いと思うときもあったが、いろいろな人に支えてもらった」

 

 ――つらかったことは。

 「同級生がいない世界にいるのは初めてのことだった。口ではつらいと言えなかったが、今となってはそういうこともあったなと思う」

 

 ――成長した部分は。

 「いろんな角度から野球を見させてもらって、ピッチングの考え方や野球への思いを考えることができた。野球観、人生観は少しずつ変わってきた」

 
 ――人生観はどう変わったか。

 「役に立ちたいと思い、後輩に気付いたことを伝えるようにしてきて、将来は指導者になってみたい思いが強くなった」全文はスポーツニッポンのサイトをご覧ください。 


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