中京の野中徹博氏が出雲西の野球部監督に就任

野中徹博, 出雲西

中京高校(現中京大中京)で1982年、83年の甲子園で活躍し、1983年のドラフト会議で阪急に1位指名された野中徹博氏が、12月16日付で出雲西野球部の監督に就任し高校野球に復帰する。

高校時注目選手

野中徹博氏は中京高校時代に重いストレートと大きなカーブを投げ、1983年の夏の甲子園では、池田高校・水野投手のライバルとして、最強と言われた池田高校の夏連覇を阻止する存在として注目された。準々決勝ではその池田との対戦となり、1-3で敗れたものの、事実上の決勝戦と呼ばれた。

野中投手はその秋のドラフト会議で阪急にドラフト1位で指名された。しかしプロでは肩やひじの故障に悩まされ、内野手に転向するなどしたものの結果を出せず、1989年に自由契約となった。しかし、草野球や中国で投手として野球を続けると1994年に中日の入団テストで合格しプロ野球に復帰を果たす。1997年にはヤクルトに移籍すると44試合に登板するなど活躍を見せた。しかし翌年は坐骨神経痛に悩まされ、戦力外となり引退した。

その後、クラブチームの佐久コスモスターズの監督を務めたり、2006年にはWBCに出場する侍ジャパンの打撃投手などを務めたりしていたが、最近は東京都内のメーカーに勤務していたという。しかし、中京高校の1年先輩だった出雲西の出口総監督が野中氏に声をかけ、12月16日から出雲西の監督に就任する。

野中氏は「高校野球に携われたらいいなと思っていました。僕が子供のころにプロ野球選手から夢をもらったように、夢を与えるのは指名だと思っている」と話した。1983年の大会は桑田・清原のKKが池田高校を破って優勝、水野雄仁、桑田真澄などスター選手がそろう中で、野中氏もその豪快な投球からファンの多い選手だった。

ちなみに、中京高校時、野中投手の控え投手だったのが、広島で活躍した紀藤投手で、その紀藤氏も先日、水戸啓明高校の監督に就任をした。甲子園で同期対戦が実現するか、楽しみにしたい。

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同校の総監督を務める出口勝規氏が中京高(現中京大中京高)の1年先輩にあたる縁で、今夏に就任話が舞い込んだ。引退後はさまざまな職業を経験し、直近まで東京都内のメーカーに勤務。安定した生活を送っていたが、決断した。


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