広島・宮本洋二郎スカウトが退団、24年間スカウト行う

広島カープドラフトニュース 2013年ドラフトニュース

 広島の宮本洋二郎スカウトが2月で退団することがわかった。宮本スカウトは広島で24年間スカウト活動を行う、PL学園のエースだった前田健太投手を単独指名するなど、チームの基礎を作った名スカウトだった。

 宮本スカウトは近畿を中心にスカウト活動を行い、2006年のドラフトでは田中将大投手、堂上直倫選手などが注目されるなか、PL学園の前田健太投手を単独1位指名し、現在の広島のエースとなった。宮本スカウトは前田投手の投球だけでなく、自ら進んでグラウンド整備をしたり、登板しないときは外野を守っていたがイニング毎に投手に声をかけるなど、野球人としての態度を見て球団に1位指名を強く要望し単独指名にこぎつけた。

 そして宮本スカウトは毎日のようにPL学園を訪問して前田投手に誠意を伝えると、前田投手も広島入団に前向きとなり、無事入団をすることができた。

 スカウトとしてつらい場面もあった。1998年は大学・社会人は逆指名での獲得ができる制度だった。宮本スカウトは地元出身で広陵高校から近大に進んだ大型遊撃手・二岡智宏選手を追い続けており、二岡選手も近大入学当初から「プロなら広島」と言っていたらしく、広島入団は確実と思われていた。

 しかし、ドラフト直前で巨人が二岡選手獲得に攻勢をかけると二岡選手が態度を変え、近大関係者から球団に指名断りの連絡が入った。宮本スカウトは最後まで二岡選手を信じ二岡選手からの言葉を待ったが、二岡選手からの断りの声はなく、巨人入りが決定した。

 スカウトをしていると、うれしいこともつらいこともあるだろう。特に逆指名ドラフトの時代は、代理人と名乗る人などが群がってきたり、札束攻勢をしかける球団があったり、広島という球団で苦労されたことだろう。会心の指名と言われた前田健太投手が大エースとして成長している今、宮本スカウトが残したものは非常に大きかった。

 最後の獲得選手となった昨年のドラフト1位・高橋大樹選手が、球界の4番として成長する姿を見せてくれることを期待したい。

 

 宮崎・日南キャンプ2度目の休日を過ごしたマエケンは、しみじみとした表情だった。48年のプロ野球人生、24年に及ぶスカウト人生に別れを告げる恩人に「宮本さんが胸を張れるような選手になって結果を残したい」と言い切った。

 

 寂しさは隠せない。駒大苫小牧高・田中(現楽天)ら大物ぞろいだった06年の高校生ドラフトで、広島は5月に1位指名を決めて一本釣りしてくれた。「僕をプロの世界に導いてくれた人なので寂しい。宮本さんがいなければカープにいないかもしれないし、感謝しています」と力を込めた。「本当に毎日来てくれていたし、真夏でも上下スーツで、ずっと外で見てくれた」と高校時代を懐かしそうに振り返った。

 

 ベテラン捕手の倉や昨年のドラ1外野手・高橋を担当した宮本スカウトにとっても、前田健は特別な選手だ。プロ6年間で56勝(43敗)を挙げ、日本を代表する投手に成長した“孝行息子”について「必死でこの子をゲットしたいと毎日通いました。そのうち、向こうも僕の顔を見たらニコッと笑ってあいさつしてくれるようになった」と目を細めた。

  駒大苫小牧・田中(楽天)や愛工大名電・堂上直(中日)に指名が集まった06年の高校生ドラフト。宮本スカウトが1位指名選手を初めて担当したのが、単独指名したPL学園・前田健だった。

 

 「プロに入り1軍で活躍して期待に応えたいと思っていた。代表に入る選手にまで成長した姿は見せられたと思う」

 

 巨人、広島などで投手として活躍し、コーチ、スコアラーなども歴任したベテランスカウトも、前田健を最も印象深い選手に挙げる。「投げない時は4番で左翼。必ず投手のところへ行って声を掛けていた。目配り、気配りできる子は伸びる。それを彼に教わった」。同年5月の会議で早々と1位指名を決定。「誠意を見せないといけないが、誠意はお金じゃない」と背広にネクタイ姿で学校にも通い詰めた。

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