巨人はドラフト4位で指名した三菱パワーの伊藤優輔投手と、契約金5000万円、年俸1000万円で仮契約を交わした。東京出身で度々東京ドームで巨人戦を観戦していた。
東京ドームで156キロ
伊藤優輔投手は都立小山台高校出身。高校時に144キロの速球を投げて注目され、3年春のセンバツに21世紀枠で出場をした。甲子園では初戦で履正社と対戦し、9安打10四死球で11失点をしたものの完投をしている。
その後、中央大に進むと1年秋に2勝0敗の成績を残したもの、制球力の課題が残り、3年までの成績は通算4勝7敗、結果を残せなかった。4年春は1勝5敗で社会人入りを決めたものの、その秋に3勝1敗、防御率1.53でリーグ3位となる好投を見せ、プロ入りの気配を漂わせていた。
社会人では1年目秋の日本選手権で148キロの球をある程度制球する投球を見せ、3試合にリリーフで登板し自責点0に抑える好投を見せ、今年の社会人のドラフト候補投手として注目される。春は大会がなく、なかなか姿が見られなかったが、夏のオープン戦で155キロを記録して注目され、ドラフト会議では巨人に4位で指名された。
アマチュア最後となるこの秋の都市対抗では、チームとして出場はできなかったが、補強選手として出場し、マウンドで156キロを記録した。来年から本拠地となる東京ドームでその力を見せた。伊藤投手は少年時代も東京ドームに足を運び、巨人戦を観戦していたと話す。地元出身の快速右腕として、今度は東京の子どもたちにその姿を見せる。
「野球を始めたきっかけの球団。うれしさをプレーで表現していけたらと思います」と話した伊藤投手、都市対抗でもまだ課題の残る投球を見せた。スッキリとアマチュア野球を卒業という感じではないだろう。その残ったものをプロでスッキリ晴らしたい。
巨人と東京Dは幼少時からの夢だった。当時のエースは上原。「先発で勝っている姿がかっこよくて、それに憧れてピッチャーになった」。フォームをマネすることが野球人生の始まりだった。度々、東京Dへ足を運んで観戦。5歳だった02年10月10日のヤクルト戦、メジャーへ旅立つ松井秀喜が巨人最終打席で50号を放った瞬間を目に焼き付けた。「すごく印象に残っています」。その衝撃は今も覚えている。
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