選手コラム:伊藤拓郎投手の3年間

高校野球ドラフトニュース 2011年ドラフト

1年生で登板した甲子園のマウンド、バックスクリーンに表示される148kmの球速表示が、伊藤拓郎投手の3年間のすべてだったと思う。この数字で評価が上がり、2年後(2011年)のドラフトの超目玉、怪物1年生といった呼び名が、伊藤拓郎選手の紹介をするたびに付くようになった。プロのスカウトも2年後を期待した。周りの声や期待が伊藤投手の足を地面から勝手に引き揚げていった。

しかし、2年生になり背筋を痛めたり、フォームの改造等により思ったような投球ができなくなると、この呼び名がプレッシャーとなって押し寄せた事だろう。140kmが出なくなった時にも148km右腕と呼ばれる辛さは相当なものだったと思う。チームも結果を残せず、早い時期の敗退を繰り返した。心なしか大きな体を背中を丸めているように見えた。

かつて怪物1年生と言われた選手はたくさんいる。印象に残っているのはPL学園・清原和博、桑田真澄、最近では宇都宮学園・泉正義投手、京都外大西・本田拓人投手、大阪桐蔭・中田翔など。1年生に全国大会でそのような印象をもたれて、平常で過ごすなんて事はできないはずだ。周囲には常に視線があり、当たり前のように期待があり。まだ15歳、16歳の選手がそれを跳ね返す事なんてできないだろう。その環境で3年間を過ごす事の過酷さは想像を絶する。そしてそのような環境で1年1年着実に実績を残し成長し、プロで活躍した選手は奇跡に近い事だと思う。

伊藤拓郎選手も3年生となり高校最後の大会、開き直ったような明るい表情の伊藤投手がいた。昨秋の2回戦負け、そして今春の1回戦負けで1年夏から浮き続けていた足がようやく地に付いたようだ。エースとして期待し続けることで強くする方法もあるだろうが、伊藤投手の場合は期待から解放させることでふっきれたようだ。帝京・前田監督やチームメイトの協力も当然大きい。

伊藤投手は甲子園に帰る。約2年間苦しめた148kmを表示したあの球場に。18歳となった今度のマウンドは16歳の時のマウンドとは違うはずだ。今度は自分の足で甲子園のマウンドを蹴って、将来の夢へと飛び立っていく。

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