花巻東・大谷翔平投手、北海道日本ハムへ、長くて短い49日が終わる

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 花巻東・大谷翔平選手が北海道日本ハム入りを表明した。10月21日の日曜日にメジャーリーグ挑戦を発表してから7週間後となる日曜日に、北海道日本ハム入りを選択した。短くて長い49日が終わった。

 「本日、北海道日本ハムファイターズさんに入団させていただくことを伝えさせていただきました。沢山の方にご迷惑をかけましたし、これからはファイターズの一員として少しでも恩返しできればいいと思います」と入団を表明すると、約25分間の会見では終始淡々と質問に答えていた。

 10月25日のドラフト会議で北海道日本ハムがまさかの指名を行う。その日には「自分自身の考えとしてはゼロ」とメジャー入りの決意は変わっていなかった。それでもメジャー挑戦を決断する際に話したように、日本球界入りも小さい頃からの夢だったし、五分五分の状態で悩んでいたのだから、可能性はあったのだろう。

1回目の交渉で興味をひく

 10月26日に山田GMと大渕スカウトが花巻東高校を訪問するも、大谷選手は出席せず佐々木監督が対応し、以後は大谷選手の家族と交渉して欲しいと伝えられた。11月2日に大谷選手の自宅を二人が訪問し初めての挨拶を受けると、11月10日に1回目の交渉で早くから海外に挑戦するリスクを説明される。資料では大谷選手の知らなかった現実や例が紹介されていた。昨日の会見で「最初はより早く行く方が、米国で長くトップで活躍できると思っていた。それが交渉の資料で自分の知らないことがあり、徐々に考えが変わっていった」と、この資料が大谷選手の心のバランスを動かすきっかけとなった。

2回目の交渉で心をつかむ

 続いて11月17日に2回目の交渉を行う。ここでは北海道日本ハムの育成の実績と共に投手・野手、両方で挑戦するという「二刀流」の提案を行った。昨日の会見では「当初自分には投手と打者を両方やるという選択肢はなかった。どちらでもやってみたいという気持ちがあるのでうれしかったです」と話し、投手か野手かで揺れた心を「両方」という新たなプランを提示することで心をつかんだ。

3回目の交渉で栗山監督登場

 もし北海道日本ハム入りを断り、再びメジャー入りを表明するのであれば、2回目の交渉を行った後だっただろうが、3度目の交渉が実現した。11月26日は実際に栗山監督が会談に参加し、実際にプレーを行う現場としての意見や、大谷投手の将来のメジャー入りに対する歩み方を話すことで、資料を読んで疑問を持っていた大谷投手の不安を解消した。

4回目の交渉は入団を前提に

 12月3日に栗山監督も再び同席しての4度目の交渉となった。大谷選手側の2つの疑問に対して、北海道日本ハム側がでは会いましょうと実現したものだった。1つ目の疑問は「二刀流」にすると打者のウエイトが多くなるのではないかという点。これには背番号11を提示することで、投手としての大谷翔平を重視している姿勢を示した。次に当初メジャーを挑戦しており、意見を翻意させることで周りに迷惑を与えてしまったことについても、栗山監督は指名した自分が悪い、と話し球団が前面に立つことを約束した。会見では冒頭の「沢山の方にご迷惑をかけましたし、これからはファイターズの一員として少しでも恩返しできればいいと思います」という言葉に繋がった。

 18歳の少年のメジャー入りの決断を徐々に北海道日本ハム入りに持っていったことについて、栗山監督は会心の笑みではなく、「責任が重大であると感じる」と話し厳しい表情で臨んでいた。笑顔が出たのは会見後に大谷選手と初めて公の場面で握手をした時だった。

 これから大谷投手には、少なからずも批判を受けることになるだろう。また昨日も大谷選手が将来のメジャー挑戦を聞かれたときに、「高校で日本一になれなかった。」「まだまだ活躍できる選手じゃない。それに見合うだけの選手にならないといけない」と藤浪晋太郎投手などに比べると、全国の舞台での実績はまだ少なく、成長途中であることを認めている。160kmを記録し56本塁打を記録し、これだけ注目される中で入団をしただけに、周囲の期待は大きなものとなるだろう。その中でできるだけゆっくりと、静かに育成できる環境を整えることができるかどうか、北海道日本ハムにはドラフト会議で強行に指名を行ったこと以上のリスクと責任が課せられる。

大谷、やっと笑顔の日本ハム入り表明 - サンケイスポーツ:2012/12/10

 ついに決断の時がきた。テレビカメラ14台、約100人の報道陣が固唾をのんで見守る中、まばゆいばかりのフラッシュを浴びた大谷がこわばった表情で日本ハム入りを宣言した。

 

 「本日、北海道日本ハムファイターズさんに入団させていただくことを伝えさせていただきました。沢山の方にご迷惑をかけましたし、これからはファイターズの一員として少しでも恩返しできればいいと思います」

 

 大谷はドラフト会議前の10月21日、米大リーグ挑戦を表明。ドラフト直後には日本ハム入団の可能性について「自分自身の考えとしてはゼロ」と完全否定した。それが2度の指名あいさつと4度の交渉を重ねるうちに、日本ハム入りへと傾いていった。実に46日間に及ぶ“難産”だった。

  「投打二刀流」の育成方針も魅力的に映った。「自分の選択肢にはなかった。やりたい方は投手ですけど、どちらでもやってみたい気持ち」。国内球団を希望していた両親と相談し、進路は日本ハムに傾いた。翻意の決断まで長引いたことには「たくさんの方々に迷惑をかけて申し訳ない。日本でプレーする姿を見ていただいて、恩返ししたい」と頭を下げた。

 

 契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円の最高条件に加え、昨年までダルビッシュ(現レンジャーズ)がつけた背番号11を託された。「自分としてはうれしい。すごく特別な番号。1年目から活躍できるように頑張りたい」

 中略 

 
 ダルの後継者として、道筋は見えている。「最終的にはメジャーリーグに行ってみたい。高校で日本一になれなかった。ファイターズで日本一になって、より大きな選手になって、また巡り合わせがあったら挑戦したい。まだまだ(米国で)活躍できる選手じゃない。それに見合うだけの選手にならないといけない」。日本一を手土産に、メジャーに上り詰める覚悟を示した。日本ハム・大谷として第一歩を踏み出すと、外には門出を彩る白い粉雪が舞っていた。

 メジャーの夢は諦めない――。花巻東(岩手)の大谷翔平投手(18)が9日、岩手県奥州市内のホテルで会見し、日本ハムに入団することを表明した。ドラフト前にはメジャー挑戦を表明し、1位指名された際には入団拒否の姿勢を打ち出したが、計6度の交渉で気持ちが動いていったことを告白。投手と野手の二刀流にも意欲を見せ、将来は日本一投手となってメジャー挑戦する。

 

 ようやく、大谷が少しだけ笑顔になった。会見後に栗山監督と握手した瞬間、硬かった表情を崩した。

 

 「本日、日本ハムファイターズさんの方に入団させていただくことを伝えさせていただきました。たくさんの方にご迷惑をおかけして、本当に申し訳なかったです」

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