横浜DeNAの退団選手の進路

横浜DeNA球団ニュース

横浜DeNAより戦力外となり、自由契約または任意引退をした選手の進路をまとめます。

横浜DeNAの自由契約・任意引退選手の進路

選手名守備通算成績ドラフト出身進路
岡島秀樹投手549試合38勝40敗50S1993年ドラフト3位・巨人東山高アメリカ球界復帰希望
多村仁外野手1342試合打率.281、195本塁打1994年ドラフト4位・横浜横浜高現役続行希望
高橋尚成投手261試合79勝73敗15S1999年ドラフト1位・巨人東芝評論家
東野峻投手124試合32勝30敗2S2004年ドラフト7位・巨人鉾田一DeNA打撃投手
大田阿斗里投手68試合2勝14敗0S2007年高校ドラフト3位・横浜帝京高パドレスマイナー
土屋健二投手18試合2勝3敗2008年ドラフト4位・日本ハム横浜高会社経営
加藤政義内野手52試合打率.193、1本塁打5打点2009年ドラフト3位・日本ハム九州国際大DeNA球団職員
加賀美希昇投手24試合5勝10敗2010年ドラフト2位・横浜法政大JR西日本
靍岡賢二郎捕手24試合打率.267、2打点2010年ドラフト8位・横浜四国・愛媛DeNAブルペン捕手
赤堀大智外野手6試合打率.1252012年ドラフト4位・横浜セガサミーセガサミー

 

高橋尚成投手は逆指名で巨人入りし1年目に9勝、2002年に10勝を挙げた。また2007年に14勝を挙げ巨人の左の先発として役割を果たした。その後、NYメッツに移籍し4年間アメリカでプレー、2014年に横浜DeNAで日本球界に復帰したが2年間で0勝7敗に終わった。

東野峻投手はドラフト7位で入団したが5年目に8勝、6年目には13勝を挙げ成長株として期待された。しかしその後低迷しオリックス、横浜へと移ったが結果を出せなかった。

大田投手は帝京高校時代に選抜で1試合20奪三振を記録し注目、重い速球とスライダーが武器だった。先発・リリーフで登板したものの勝ち星がつかず、6年目となった2013年にようやくプロ初勝利を挙げた。その後はリリーフとして働きを見せたものの、帝京の後輩・山崎康晃が活躍をしたこともあり戦力外となった。

加藤選手は東北高校時代にダルビッシュ投手と共にプレー、攻守の遊撃手として注目された。東北高校の監督だった若生監督が九州国際大付の監督に移ると、九州国際大に進学し2009年に日本ハムに指名されてプロ入りした。守備で良いプレーを見せたものの大きな結果は残せなかった。

加賀美投手は桐蔭学園、法政大でプレーし、大型の本格派右腕として注目、特に大きなカーブと速球のコンビネーションの評価が高かった。ドラフト2位でプロ入りしたものの、期待されながらも結果を残せず、デニー友利コーチからは甘さを指摘されていた。JR西日本でプレーすることになり、都市対抗などでも姿を見られるだろう。

靍岡選手は春日部共栄で強肩捕手として活躍し、アジアAAA選手権代表にも選出、田中将大投手、山口俊投手などの球も受けた。プロから注目されたものの志望届を出さすに日体大に進学したが、日体大ではずっと2軍でプレーする厳しさを味わった。卒業後はプロ入りを目指して四国アイランドリーグの愛媛でプレーし、強肩やフットワークの良さを評価されてプロ入りした。1軍でもプレーしたものの結果を残せなかった。

赤堀選手はセガサミーで豪快なホームランを放つ大型選手として注目された。ただし守備も打撃も粗さもある選手で、社会人ではあるが素質を見込まれての指名だった。ドラフトでは同じくセガサミーで主軸を打った宮崎敏郎選手もドラフト6位で指名されたが、高い打撃センスと内野手という事もあって1軍で出場機会の増えた宮崎選手に比べ、赤堀選手は出場機会も増えなかった。再びセガサミーに戻り、セガサミーでは主軸としての活躍が期待される。

 

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