大谷翔平投手、早くからメジャーリーグでプレーしたかった

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 メジャーリーグ挑戦を表明した花巻東・大谷翔平投手、インタビューでは、「日本のプロ野球も小さい頃からやりたいと思っていた」と話したものの「メジャーへの憧れの方が強かった」と話した。また「周りとは意見が違った」と話し、花巻東・佐々木監督や両親は国内球団を勧めていた模様だ。

 また韓国で行われた18U世界選手権に出場したことについて「自分よりすごい選手もいて負けたくないと思った。そういうものも含めて決断した」と、影響を受けたことを認めた。

 最初はマイナーからのチャレンジになるが「早くからメジャーでプレーしたかった、できるだけ早く上がれるようにしたい」とメジャー昇格への決断を見せた。

 アメリカでプレーする球団については「まだ決まっていない」と話したものの、1年生の頃からマークしてきた小島スカウトのいるドジャースが有力と見られる。ドジャースではクレイトン・カーショウ投手がモデルケースとなりそうだ。

 カーショウ投手は2006年に高校生でドラフト7順目で指名され、2007年は1A,2Aでプレーし、2008年にメジャーデビュー、5勝5敗の成績を残すと、8勝、13勝と勝ち星を年々増し、2011年は21勝を挙げる活躍を見せた。2012年も14勝を挙げている。制球難も徐々に克服した点も大谷投手に共通するかもしれない。

 まずは、いろいろと残された日本球界の問題を置いておき、大谷投手の挑戦は心から応援したい。18歳からメジャーでプレーし、大谷投手の能力ならばメジャーで200勝も夢ではないだろう。それだけの素質を持っている。気になるのは優しそうな性格だが、来年1年間は各国から集まったすごい選手達とハングリーに戦って欲しい。

 

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    花巻東・大谷、メジャー挑戦を決断! - サンケイスポーツ:2012/10/22

      “みちのくのダルビッシュ”が、海を渡る決断を下した。父・徹さん(50)とともに、会見場に姿を現した大谷はすっきりとした表情で約20分間にわたって決意表明した。

     

     「きょうまで迷って、最終的にきょうの決断でアメリカでプレーさせていただくことを決めました」

     

     理由については「入学当初からの夢でしたし、厳しい中で自分を磨きたい、やりたいというのも夢でした。早い段階であっちに行きたかった」と説明した。

     

     メジャー挑戦か国内か。25日のドラフト会議の超目玉選手として話題を集める右腕には、国内球団はもちろん米大リーグ球団も注目。9月19日にはドラフト指名に必要なプロ志望届を提出。メジャー球団ともドジャース、レンジャーズ、レッドソックスと面談し、育成システムなどについての説明を受けた。今月11日のレッドソックスとの面談後には「米国の不安は解消された。(日米)五分五分です」と話していた。

     

     当初は15日に決断予定だったが、米国での生活を心配し、国内球団を勧める両親や佐々木洋監督(37)の意見もあり、話し合いは平行線に。最終的にこの日の会見直前に大谷自ら決断を下した。全文はサンケイスポーツのサイトをご覧ください。

     花巻東(岩手)の160キロ右腕・大谷翔平投手(3年)が21日、同校で会見し、メジャー挑戦を表明した。ドラフト1位候補の高校生が、ドラフト会議前に進路を米球界と宣言したのは初めて。国内との選択に揺れたが、最後は自らの意思で夢の舞台を選んだ。マイナーからのスタート、言葉や文化の違いなど過酷な道のりを覚悟の上で、世界一の投手を目指すことを宣言した。一方、25日のドラフト会議直前の決断に、日本球界には衝撃が走った。

     

     午後5時すぎ。大谷が父・徹さん(50)とともに、会見場に姿を現した。テレビカメラ11台、報道陣約60人が詰めかける中、神妙な面持ちでメジャー挑戦を表明した。

     

     「アメリカでプレーさせていただくことに決めました。(決め手は)やっぱり自分の夢。入学した時からそういう気持ちは強かった。(日米)どちらの憧れもありましたけど、メジャーリーグの憧れの方が強かった」

     

     ドラフト1位候補の高校生が、直接米球界入りとなれば初めてのケースとなる。それだけに難しい決断だった。先月19日にプロ志望届を提出。国内球団をはじめ、ドジャース、レンジャーズ、レッドソックスのメジャー3球団と面談を行った。佐々木洋監督、両親と進路に関する話し合いを何度も重ねた。特に両親は慎重で、最後まで希望は国内だった。全文はスポーツニッポンのサイトをご覧ください。

    【大谷トーク】「厳しい中で自分を磨きたい」 - サンケイスポーツ:2012/10/21

     --前例のない決断

     

     「難しい決断ではあった。自分の意見と両親や周りの意見で食い違うところがあって、迷った。すごく悩んでいたので、ほっとした。自分の意見を素直に言えたのはうれしい」

     

    --18U(18歳以下)世界選手権の影響も

     

     「より高いレベルで自分よりすごい選手も見て、そういう人たちには負けたくないなと思って、それも含めて決断しました」
    全文はサンケイスポーツのサイトをご覧ください。

     大谷の今後の日程は、25日のドラフト会議での指名の有無によって変わってくる。指名された場合、3月31日までは指名球団が交渉権を持つ。メジャー球団との交渉は、日米間で取り決めはないが、メジャー球団は日本の球団に配慮する意向で、入団交渉は4月1日以降となる可能性が高い。

     

     一方、指名されなかった場合はドラフト後にもメジャー球団との交渉に入る。契約が合意すれば、来年3月のマイナーキャンプからチームに合流することになる。

     大谷の今後の日程は、25日のドラフト会議での指名の有無によって変わってくる。指名された場合、3月31日までは指名球団が交渉権を持つ。メジャー球団との交渉は、日米間で取り決めはないが、メジャー球団は日本の球団に配慮する意向で、入団交渉は4月1日以降となる可能性が高い。

     

     一方、指名されなかった場合はドラフト後にもメジャー球団との交渉に入る。契約が合意すれば、来年3月のマイナーキャンプからチームに合流することになる。

     P通信も大谷のメジャー挑戦を打電した。「日本の高校生投手、大谷が大リーグ行きを決断」との見出しを付け、高校入学時のころからの夢だったことや、最速160キロの直球を投げると紹介。 さらには「メジャーの球団と契約すれば、日本のドラフト1位候補の高校生が、初めて日本球界を経ずに米国に来ることになる」と伝えた。

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