巨人退団選手の進路

巨人より戦力外となり、自由契約または任意引退をした選手の進路をまとめます。

巨人の自由契約・任意引退選手の進路

選手名 守備 通算成績 ドラフト 出身 進路
高橋由伸 外野手 1819試合打率.291、321本塁打 1997年ドラフト1位 慶応義塾大 巨人1軍監督
井端弘和 内野手 1896試合打率.281、510打点 1997年ドラフト5位・中日 亜細亜大 巨人1軍コーチ
金城龍彦 外野手 1892試合打率.278、592打点 1998年ドラフト5位・横浜 住友金属 巨人3軍コーチ
野間口貴彦 投手 111試合13勝12敗1S 2004年ドラフト自由枠 シダックス 巨人球団職員
青木高広 投手 249試合17勝30敗 2006年大社ドラフト4位・広島 日産自動車 巨人スカウト
横川史学 外野手 185試合打率.216、9本塁打 2006年大社ドラフト4位・楽天 青山学院大 ジャイアンツアカデミー
隠善智也 外野手 79試合打率.265、3盗塁 2006年育成ドラフト4位 広島国際学院大 巨人広報

 

高橋選手は慶応大で東京六大学リーグに1年から4年までフルイニング出場を果たし、通算打率.325にリーグ記録となる23本塁打を記録しスター選手となった。日米大学野球での3試合連続ホームラン、インターコンチネンタル杯でのホームランなどアマチュア野球において前後数十年でも断トツの活躍を見せた野手で、逆指名制度のあったドラフト会議では進路に注目が集まった。最終的にヤクルト、西武、巨人に絞りこんでいたが巨人を逆指名、会見で発表したときにはニュース速報が流れるほどの注目ぶりだった。

プロ入りしてからも321本塁打を放つ活躍を見せ、松井秀喜選手や外国人選手とともに主軸を打ち巨人を支え続けた。

井端選手は亜細亜大で3季連続ベストナインに選ばれるなど注目された内野手で、ドラフト5位で中日に指名された。遊撃手として荒木選手と名コンビを築き、肩の故障後にセカンドにコンバートされても荒木選手との素晴らしい連携を見せた。打撃でも相手の投球を読みチャンスに強さを発揮し、2013年WBCの台湾戦での打撃は球史に残るタイムリーヒットだった。

金城選手は近大付、住友金属で投手として活躍、150キロを超す速球を投げて注目されたものの、制球が定まらないという評価だった。抜群の身体能力と野球センスがあり打者として評価した横浜が1998年に5位で指名すると1999年には首位打者を獲得した。その後は森監督の指導などに戸惑い成績を落としたものの、チャンスに強い打撃でハマの龍神としてチームを支えた。

野間口投手は関西創価高校時に切れの良い球を投げる投手と評価され、創価大を中退したあとシダックスに入ると、150キロの速球で社会人を代表する投手となった。自由枠ドラフトで阪神、西武と熾烈な争奪戦を繰り広げて巨人が獲得したが1年目は4勝どまり、プロ11年で13勝に終わった。

青木投手は日産自動車の左のエースとして好投をみせ、広島に大学社会人ドラフト4位で指名されて入団した。1年目に24試合に先発し5勝11敗と期待の高さをうかがわせたが勝ち星が増えず、2011年にはリリーフで76試合に登板し自分の場所を築き上げた。

横川選手は青学大のスラッガーとして注目され日米大学野球にも出場した。東北楽天がスラッガー候補として大社ドラフト4位で獲得したものの自慢の長打力は9年間で9本塁打に終わった。

隠善選手は大学時代はリーグ通算13本のホームランを放つ強打者だったが、育成4位でプロ入りすると外野の守備を磨き、2年目の3月に支配下登録、それ以降は外野手が故障をした時の控えや守備固めなどで重宝された。育成で入団し9年間プレーした。


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