甲子園大会では、1回戦で昨夏王者の沖縄尚学(沖縄)が昨春センバツ王者の横浜(神奈川)に2-7で敗れ、初戦で姿を消した。プロ注目の最速150キロ左腕・末吉良丞投手(3年)が「背番号1」で先発したが、3回6安打3失点で降板。横浜の最速157キロ右腕・織田翔希投手(3年)との世代最強投手対決に力尽き、史上7校目の夏連覇はならなかった。
2回につかまり66球で降板、涙の「喪失感がすごい」
昨夏の甲子園をエースとして制した末吉良丞投手は、初回を無失点で立ち上がったが2回につかまった。2死二塁から脇山魁音捕手に左前適時打を浴び、続く千島大翼外野手の左中間への痛烈な打球を左翼手が後逸する間に2点を失う。3回にも1死一、二塁から江坂佳史選手に中前適時打を許し、この回限りで66球のマウンドを降りた。この日の最速は初回の143キロ。2回以降は本来の150キロ級の直球が影を潜めた。
ゲームセットの瞬間、涙があふれた。「ふがいない投球でした。申し訳ないという気持ちと、悔しい気持ちです。喪失感がすごいです」(スポーツ報知)と唇をかんだ。対戦した横浜打線を「振りが強い。もう少し長打を打ってくると思ったが、詰まって間に落とす執念を感じた」(スポーツ報知)と評し、「自分の力不足」と決して言い訳はしなかった。降板後も「大谷ルール」で「6番・DH」として試合に残ったが、織田翔希投手の前に2打数無安打。6回に代打を送られ、最後の夏はあまりにも短く幕を閉じた。
左肘故障を越えて戻った「1」、支えてくれた仲間への思い
最後の1年は苦しかった。夏春連覇を期待されたセンバツでは初戦敗退。4月上旬には左肘を痛め、投球できない時期が続いた。一番大事な時期でのアクシデントに不安が襲ったが、両親をはじめ周囲の支えでリハビリを乗り越えた。沖縄大会は背番号10で臨み、新垣有絃投手、久高大瑚投手ら仲間の力で夏の沖縄を連覇。準決勝で今夏初登板初先発を果たし、決勝では優勝の瞬間のマウンドに立って自ら優勝旗を返しに来た。
仲間が連れてきてくれた甲子園で、末吉投手は再びエースナンバーを背負った。「この背番号をつけて終わりたい気持ちが強かった」。だが役目を果たすことはできず、「けがしていろいろ支えてもらったけど、最後の最後で勝ち切れなかった。本当に悔しい」(日刊スポーツ)と大粒の涙を流した。試合直後の整列では、ともにプロ注目としてU-18の候補合宿にも参加した織田投手と言葉を交わした。「絶対勝ってね」と日本一を託すと、織田投手からは「またね」と再会の言葉が返された。
進路は「未定」、宮城大弥のような「勝てるピッチャーに」
この日は注目の二人の対決に、NPB12球団に加え、ドジャース、ヤンキース、メッツ、パドレスなどMLB各球団のスカウトもネット裏に集まった。高校1年時に150キロを記録し、昨年は甲子園の優勝のほか、侍ジャパンU18代表に2年生で唯一選ばれ、U18W杯でもその実力を見せつけた。今秋ドラフト上位候補に挙がる左腕だが、進路については「未定です」と語るにとどめた。その理由を「ケガをしてしまったので」と明かす。センバツ時にはプロ一本の意向だったが、左肘の故障を経て再考しているという。
比嘉公也監督は「沖縄大会が始まるまではプロにしたいと言ってましたが、実力が通用しないのであれば、その限りじゃないという形になる」と説明。そのうえで「基本的には自分本人が進みたい方向に行くのが一番いい。本人の決断を尊重したい」と、教え子の選択を見守る姿勢を示した。
末吉投手が思い描く理想の姿ははっきりしている。「同じ沖縄県出身の宮城大弥投手のような、勝てるピッチャーになっていきたい」。自らを育んだ甲子園を「すごくいい場所。いろんな人に見てもらえる場所」と表現した末吉投手にとって、この日の涙は必ず明日への力に変わる。将来、再び織田投手と投げ合う日を見据え、「対戦することがあれば、負けないようにやっていきたい」と力を込めた。
【末吉 良丞】 プロフィール
- 氏名:末吉良丞(すえよし・りょうすけ)
- 所属:沖縄尚学高校(3年)
- 出身:沖縄県浦添市(仲西小2年時に仲西VBCで野球を始め、仲西中では軟式野球部)
- ポジション:投手
- 投打:左投左打
- 身長・体重:176cm、94kg
- 主な特徴や実績:最速150キロの直球と鋭いスライダーを武器とする本格派左腕。2年生だった昨夏の甲子園でエースとして全国制覇の原動力となり、直後のU-18ワールドカップでは高校日本代表で唯一の2年生ながら事実上のエースとして準優勝に貢献した。今春センバツ後に左肘を痛めたが、リハビリを経て最後の夏に背番号1で聖地へ帰還。今秋ドラフト上位候補に挙がり、同郷の宮城大弥のような「勝てるピッチャー」を目指す。















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