7月28日に最大震度7の「令和8年熊本地震」に見舞われた熊本、甲子園初出場の有明が故郷に力を与えた。立命館宇治(京都)と対戦した有明は、6回まで0―3と劣勢だったが、「1番・二塁」の永田晴輝内野手(3年)が1点を追う9回2死満塁から走者一掃の逆転3点二塁打を放ち、6―3で逆転勝ち。創部30年目に初めて踏んだ聖地に初勝利をもたらした。
敗退あと1死、土壇場からの逆転劇
敗退まであと1死。絶体絶命の状況でも、永田晴輝選手に不安はなかった。9回の攻撃が始まる前からベンチの合言葉は「永田に回せ」。敵失に暴投、2四球も絡み、無安打で2死満塁の好機が巡ってきた。球場全体から起こる手拍子に背中を押され、1ストライクから甘く入った直球を左中間へ運ぶ走者一掃の逆転3点二塁打。「ここは自分が決めるしかない、と。よっしゃ!と思った」と声を弾ませた。
さらに次打者の場面で三盗を決めると、捕手の悪送球を誘って6点目の本塁も踏んだ。0−3の7回にも中前へ2点適時打を放っており、この日は計5打点。「甲子園で1勝したんだと実感できた。素直にうれしい」と破顔した。攻めの姿勢が流れを呼び込んだ一日だった。
この試合では、左の二枚看板が安定していた。先発した背番号10の工修哉投手(3年)は先発兼DHで4回1失点。「緊張があってコントロールが乱れたが、粘り強く投げられた」と話した。5回から登板したエースで146キロを記録する左腕・斉藤遼汰郎投手(3年)は5回2失点で粘り、逆転後の9回裏は3者凡退に仕留めて締めた。「自分が打たれて負けていて。それでもチームを信じて粘れてよかった」(日刊スポーツ)と逆転勝利を喜んだ。
被災地・熊本へ届けた白星
チームは震災直後の7月30日に関西入りした。地元を離れても、自分たちが“熊本代表”であることを感じる機会は多かった。早朝の散歩で通りすがりの人から「頑張って」と声をかけられ、宿舎には近所の住人から飲み物やメッセージが届いた。永田選手は「自分たちの試合をして、その結果で被災された方々に勇気を与えられるように頑張ろうと皆で話していた」と明かす。
實田聡志主将(3年)は10年前の熊本地震で西原村の実家が被災し、避難生活を余儀なくされた経験を持つ。「風呂をつくってくれたり、いろいろな方がサポートしてくれた。今度は自分たちが、被災した方々を勇気づけようと思った」と力を込めた。三塁側アルプス席には、道中のバス故障を乗り越え16時間をかけて約1000人の応援団が集結。「がまだせ 熊本」のタペストリーも掲げられた。
高見監督は「取らせてもらった4点。感動しました。甲子園に来て良かった。涙が出そうになった」と感謝の思いを口にした。目標は8強だ。殊勲の永田選手は「熊本の皆さんに勇気を与えられるように2勝、3勝としたい」と宣言した。有明の夏物語は、まだまだ終わらない。
【永田 晴輝】 プロフィール
- 氏名:永田晴輝
- 所属:有明高校(3年)
- ポジション:内野手(二塁手)
- 主な特徴や実績:「1番・二塁」を担う俊足巧打の内野手で、熊本大会では5試合で15盗塁のチーム機動力を牽引した。甲子園初出場の1回戦・立命館宇治戦では、1点を追う9回2死満塁から走者一掃の逆転3点二塁打を放つなど2安打5打点の大活躍。三盗も決めて6点目の本塁を踏むなど、足でも試合を動かした。土壇場から試合をひっくり返す勝負強さで被災地・熊本に白星を届けた主役であり、チーム目標のベスト8へ向けさらなる躍動が期待される。















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