18年ぶりに4強入りした横浜(神奈川)の主将・小野舜友内野手(3年)は、甲子園で涙をこらえきれなかった。8月20日の準決勝で智弁和歌山と対戦した横浜は、絶対的エースが3回途中に崩れて7―1で逆転負け。優勝候補の本命に挙げられながら、頂点にはあと2つ届かなかった。今大会は1番打者として5試合全てで安打を放ち、打率4割2分9厘とチームを先導してきた背番号3は「最高の仲間に恵まれて野球ができた。日本一という結果で恩返ししたかった」と声を詰まらせた。
初回に先制も、絶対的エースが3回途中に降板
横浜はここまで織田翔希投手(3年)を軸に勝ち上がってきたが、智弁和歌山打線に痛打を許した。初回に1点を先取しながら、3回に一挙4失点で逆転を許すと、7回にもダメ押しの3失点。織田投手は3回途中4失点で降板する苦しい展開となった。
打線も相手先発・和気に8回1失点の好投を許し、反撃の糸口をつかめない。小野舜友主将は「コースにいろいろな球種を投げてくる凄く良い投手」と相手を称えた。それでも1―7の8回、先頭で「チームが苦しい中で何とか勢いをつけたい」と打席に立つと、右前打を放ち、果敢に二塁を狙ってヘッドスライディングで二塁打をもぎ取った。「ここまで織田に頼ってきた。絶対に逆転して決勝でもう1回、織田をマウンドにと思って…」。仲間を思う意地のプレーだった。
「まだ18年しか生きていないけど」重責を全う
春夏通算6度の甲子園優勝を誇る名門の主将として、重圧と戦ってきた1年間だった。試合後、小野主将の涙は止まらなかった。「まだ18年しか生きていないけど、この1年はすごい覚悟で挑んできた。『絶対、日本一』という思いだった。結果で恩返しがしたかった」と声を詰まらせた。
愛知県岡崎市の出身。小学6年時には中日ドラゴンズジュニアに選ばれ、中学時代は東海中央ボーイズで全国制覇を経験した。親元を離れ、ひたむきに野球と向き合ってきた3年間に「最高の仲間に恵まれた」と感謝を口にした。渡辺元智元監督が指揮を執り、エース・松坂大輔を擁して頂点に立った1998年以来、28年ぶりとなる夏の栄冠には届かなかったが、キャプテンとしての重責を最後まで全うした。
大学で「勝たせられる選手」へ、託す後輩たち
高校屈指の一塁手はプロ志望届を提出することなく、進学を明言した。「どこにいってもチームを勝たせられるような選手になりたい」と涙を拭い、前を見据えた。小野選手は一塁手として2年春のセンバツでもレギュラーとして活躍、特にファーストでの守備力は歴史を見てもトップクラスだろう。そして3年時は打撃が一気に力強くなり、昨年の阿部葉太選手のように勝負強くなった。特に最後の夏の神奈川大会では、第1打席の先頭打者でヒットを打って出塁することでチームを力強く引っ張った。
プロ志望をすれば間違いなく指名があったと見られ、阿部選手同様に大学で何かやることがあるのかとも思わせてくれる一塁手だった。大学で屈指の一塁手となり、4年後には非常に注目される選手となってドラフト会議で指名されることになりそうだ。
【小野 舜友】 プロフィール
- 氏名:小野舜友
- 所属:横浜高校(3年)
- 出身:愛知県岡崎市(中日ドラゴンズジュニア→東海中央ボーイズ)
- ポジション:内野手(一塁手)
- 主な特徴や実績:18年ぶりに4強入りした横浜を主将として先導した一塁手。1番打者として今大会5試合全てで安打を放ち、打率4割2分9厘をマークした高校屈指の打者である。小学6年時に中日ドラゴンズジュニア、中学時代は東海中央ボーイズで全国制覇を経験。準決勝の智弁和歌山戦では1―7の8回にヘッドスライディングで二塁打をもぎ取るなど、最後まで全力プレーで仲間を鼓舞した。卒業後は大学に進学し、「どこにいってもチームを勝たせられる選手」を目指す。








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