春夏通じて初出場の東日本国際大昌平(福島)のエース右腕・照沼佑崇投手(3年)が、真夏の甲子園で快進撃の中心となっている。8月13日の2回戦で青森山田との東北勢対決に臨むと、9回7安打2失点、112球で完投勝ち。初戦の白樺学園(北北海道)戦に続く中4日での2試合連続完投で、チームを6―2の快勝に導き、福島県勢の初出場2勝は1963年夏の磐城以来、63年ぶり2校目という快挙を成し遂げた。
中4日をものともせず、尻上がりに調子を上げた快投
最速148キロを誇る照沼佑崇投手は、この日も強い球と緩い球を巧みに織り交ぜ、27個のアウトを重ねた。ピンチを背負っても整った表情を変えず、淡々と腕を振る。力強い直球を軸にチェンジアップやスライダー、カーブで緩急をつけ、相手の懐を突き続けた。
修正しながら粘る投球だった。4回まではわずか1安打に抑えたが、5回と6回にいずれも甘く入った失投を痛打され、1点ずつを失った。「甘い球を打たれた。そこだけに気をつけていこうと思って投げました」(日刊スポーツ)。7回以降は丁寧に内外角のコースを突き、終盤は二塁すら踏ませない。9回にも140キロを計測し、最終回2死一塁の場面では外角高めへ137キロの直球を投げ込んで中飛に打ち取り、勝利の瞬間を迎えた。
マウンドを託されたのはエースの使命感からだった。5回を終えたところで江井監督から「いけるか?」と問われると、力強くうなずいて「今日もいけます」と答えた。「勝利することが本当にうれしいです。攻める投球ができたと思います」と充実感をにじませ、「今日は暑かった」と笑顔を見せた。初戦の141球から中4日、この日の112球を投げ抜いても疲労の色はなく、2試合の球数は計253球に達した。
冬の走り込みとメンタルトレーニングが生んだ、ぶれない心と体
快投の裏には、冬場の特訓の成果があった。連日の走り込みでは、センターからポール、ポール間、ポールからセンターを走るメニューを1本1分のノルマとし、1日平均10セットをこなした。1試合を投げ抜く体力と、投手の生命線である下半身を鍛え上げた。「春前は30球ぐらい投げたらどんどん落ちる感じだったんですけど、今は100球超えても140(キロ)出る。スタミナを上げてよかったです」(スポーツ報知)と、その効果を実感していた。
体だけでなく心も鍛えた。3年時からメンタルトレーニングに取り組み、自己啓発本を読み込んできた。怒りの感情への対処法である「アンガーマネジメント」の本からヒントを得て、マウンド上での平常心につなげた。「成果があったかな」と話す。大舞台でもぶれない心を身につけ、「どんどん攻めていく気持ちで投げた。満足のピッチングです」(デイリースポーツ)と胸を張った。2試合連続完投という結果に「きょうも完投できたことは成長かな」と、確かな手応えを口にした。
63年ぶりの快挙、初出場対決で狙う8強
照沼投手の力投を、味方打線も援護した。1―1の5回、無死一塁から9番・小内壱晟捕手(3年)がバントの構えからバットを引くバスターを決め、左翼線への勝ち越し適時二塁打。この一打を口火に打者一巡の猛攻で一挙5点を奪い、リードを6―1に広げて主導権を握った。
敗れた青森山田の兜森崇朗監督(47)は「照沼投手のコースを突いたボールを捉えきれなかった」と照沼投手の投球を称え、江井康胤監督も「丁寧に投げていた。バッターの的を絞りづらくしていた」とエースの熱投を評価した。
初出場校としての全国2勝は、1963年夏の磐城以来、県勢63年ぶり2校目の快挙となった。その磐城は同年に2勝して3回戦に進み、71年夏には準優勝して「コバルトブルー旋風」を巻き起こした名門である。快進撃を続ける照沼投手は、3回戦で同じ初出場の有明(熊本)と対戦する。初出場校同士のベスト8を懸けた一戦へ照沼投手は「ローゲームでいけるように」と見据えた。
【照沼 佑崇】 プロフィール
- 氏名:照沼佑崇(てるぬま・ゆたか)
- 所属:東日本国際大昌平高校(3年)
- 出身:福島県いわき市(泉スポーツ少年団→泉中・いわきリトルシニア)
- ポジション:投手
- 投打:右投右打
- 身長・体重:173cm、78kg
- 主な特徴や実績:最速148キロの直球にスライダー、カーブ、チェンジアップを織り交ぜる本格派右腕。冬場の走り込みでスタミナを強化し、100球を超えても140キロ台を計測する。アンガーマネジメントを学びマウンドでの平常心を身につけた。福島大会では4連覇中の聖光学院を準決勝で破って初出場の立役者となり、甲子園でも中4日で2試合連続完投勝利を挙げた。県勢63年ぶりの初出場2勝を支えたエースとして、さらなる勝ち上がりが期待される。





























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