8年ぶり10度目の甲子園出場を果たした日南学園(宮崎)のプロ注目、背番号1の田中皐晴選手(3年)の高校野球が終わった。全国高校野球選手権大会2回戦で優勝候補の横浜(神奈川)に1―10で敗れ、10年ぶりの3回戦進出はならなかった。それでも「3番・右翼」で先発した高校通算13本塁打の二刀流は2安打を放ち、大会打率.667をマーク。試合後にはプロ志望届の提出を明言し、「野手一本で勝負したい」と次のステージを見据えた。
4回に同点二塁打、打率.667を刻んだ強打
打者としての評価の高さを、この日も証明した。対戦相手は来年のドラフト注目選手と呼び声高い小林鉄三郎投手、長身の150キロ左腕だった。1点を追う4回、先頭で打席に立った田中皐晴選手は二塁打で出塁すると、4番谷口銀次郎投手(2年)の送りバントで1死三塁とし、続く5番下川源次選手(3年)の左中間への適時打で生還。値千金の同点のホームを踏んだ。
初回にもチーム初安打を放つなど、この試合は2安打をマーク。甲子園2試合を通算6打数4安打とし、打率は6割6分7厘に達した。最速144キロの右腕としてよりも、高校生離れした打力への評価が高い二刀流。今大会でもその看板に違わぬ内容を残した。
横浜・織田との真っ向勝負、「圧倒されました」
高校最後の打席は、横浜が誇る最速157キロの右腕・織田翔希投手(3年)との一騎打ちだった。この日は先発を回避しベンチスタートだった織田投手と、田中選手は6回無死二、三塁の好機で対戦し、申告敬遠された。8回2死一塁の打席では変化球で追い込まれ、最後は153キロの直球にバットを合わせたが遊ゴロに倒れた。
「自分たちは2年半ずっと甲子園に出られなくて、あっちは1年の頃から光を浴びてきて、ずっと目標にしていた。絶対に打とうと思っていたけど、あっちが一枚上手だったというか、圧倒されました」(中日スポーツ)。それでも表情は明るく、「自分には変化球で抑えに来ていた。あっちも気合が入っていたのが分かったので楽しかった」(サンケイスポーツ)と、日本屈指の右腕との真剣勝負を心から楽しんだ様子だった。
9回に投げた満塁弾、二刀流に区切り「野手一本で」
投手として高校最後の登板は、厳しい結果となった。9回2死満塁の場面で、田中選手は右翼から2番手としてマウンドへ上がった。しかし横浜の5番江坂佳史選手(3年)に満塁本塁打を浴び、勝負を決められた。「谷口がずっと頑張ってきたので、自分が代わって抑えてやろうと思ったけど、甘く入った真っすぐを打たれてしまって悔しい」と唇をかんだ。それでも続く打者を右飛に仕留め、最後まで力を尽くした。
試合後、田中選手は今秋ドラフトへ向けプロ志望届を提出する意向を表明した。進む道として選んだのは打者だ。「野手一本で勝負したい。横浜もプロに行く選手がいると思う。まずプロに入らないと対戦できないけど、次は負けないように」と誓い、目標像に福岡ソフトバンクの近藤選手を挙げ「率を残して、チームに不可欠な存在になりたい」と語った。全国の頂点を争う舞台を経て、「力のなさも分かったし、できると思う部分も、両方ありました。より(目標が)明確になりました」と、進むべき道はいっそう鮮明になった。「入学してから準決勝や決勝、あと1歩、2歩というところでずっと甲子園を逃していた。最後に自分たちの代で甲子園をつかめて、金川監督を甲子園に連れて帰らせることができたので悔いはない」。やり切った表情で、聖地を後にした。
【田中 皐晴】 プロフィール
- 氏名:田中皐晴(こうせい)
- 所属:日南学園高校(3年)
- 出身:宮崎県
- ポジション:投手兼外野手
- 投打:右投
- 主な特徴や実績:背番号1を背負う投打二刀流で、投手として最速144キロの直球を持つ一方、高校通算13本塁打を誇る打力の評価が高い。今夏の甲子園では2試合で6打数4安打、打率6割6分7厘をマークした。高校卒業後はプロ志望届を提出し、打者一本での勝負を明言。福岡ソフトバンク・近藤選手のように高打率を残しチームに不可欠な存在となることを目指し、さらなる高みを見据える。












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