夏の高校野球選手権の準決勝で敗れた横浜(神奈川)の主将・小野舜友内野手(3年)が、東都大学野球リーグ・青学大への進学を希望していることが分かった。今大会は5試合で打率・429、7打点をマークして4強入りに貢献した左のスラッガーが、東都の名門で技術を磨き、プロの舞台を目指す。
3年連続ドラフト1位指名複数の名門・青学大へ、「しっかり準備をしてプロに行きたい」
敗退から一夜明けた21日、小野舜友主将は大阪市内の宿舎から帰途に就いたが、既に大学進学を表明している。その進学先として希望しているのは青山学院大、昨年まで史上初となる3年連続で2人のドラフト1位指名選手を輩出し、昨秋までリーグ6連覇を達成した育成と勝利を両立する超名門だ。
小野選手は高校通算12本塁打の長打力と、50メートル走6秒2の走力を持つ左打者で、一塁の守備は一流と言える。入学時は投手としても期待され、1年夏の神奈川大会では最速140キロの直球と2種類のカーブを武器に先発登板で好投したこともあり、その頃について、「正直、最初の方はプロのことしか考えていなかった」と、投手としてプロ入りするイメージを持っていたという。
しかし同年冬に腰を痛めた影響で野手に軸足を置いた。その経緯も踏まえ「野手で勝負するには、もう4年間、時間が欲しい。しっかり準備をしてプロに行きたい」と、大学に進学することを決断、名門・青山学院大でプレーすることを希望する。
12月の主将クビ宣告からの建て直し、涙のラストミーティング
最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)を擁し、28年ぶりの優勝を目指した横浜だったが、準決勝で智弁和歌山に1-7で敗れた。17日に他界した元監督の渡辺元智さん(享年81)に誓った全国制覇は、達成できなかった。
昨秋の関東大会準々決勝で敗退し、センバツ出場が当落線上となった時、「何を目標にやっていけばいいんだろう」という心の迷いがチームにも影響してまとまりを欠いた。12月には、村田監督から「もうキャプテンを辞めろ」と厳しく叱責されたが、それでも「もう一度やらせてください」と泣きながら直訴。心を入れ替え「人の3倍動く」と野球に取り組んだ。「情けない姿はチームメートには見せない」と言い聞かせ、センバツ後はチームメートと一対一で向き合う時間を大事にして結束を固めた。「自分たちなりの勝ち方を1戦ずつ積み重ねよう」と、夏は昨年のベスト8を超えた。村田監督も「小野世代」と話し、小野主将を称えた。
ラストミーティングで小野選手は、「悔しいですが、県大会からの2カ月は18年間生きてきた中で一番楽しかったですし、この仲間と出会えて幸せだと改めて感じることができました。本当にこの高校を選んでよかった、この仲間と出会えてよかった」。そして「こんな頼りないキャプテンに最後までついてきてくれてありがとう」と涙をこらえながら話した。この3年間に、「横浜高校では計り知れない力をたくさんの方々にいただいた。ここまで成長させてもらいましたし、本当に村田監督の下で野球ができてよかったと思っています。個人としてはどの舞台に行ってもチームを勝たせられる選手になりたいと思います」と力を込めた。
今後は9月7日に開幕するアジア選手権(台湾)U18高校日本代表への選出が有力視される。そしてそこでも主将に選ばれるのではないかと思う。まずは代表チームを引っ張り、そして次の舞台は神宮、戦国東都で頭角を現して4年後のプロ入りを目指す。
【小野 舜友】 プロフィール
- 氏名:小野舜友(おの・しゅんすけ)
- 所属:横浜高校(3年)
- 出身:愛知県(福岡中出身、東海中央ボーイズ)
- ポジション:内野手(一塁)・外野手
- 投打:左投左打
- 身長・体重:177cm、83kg
- 主な特徴や実績:高校通算12本塁打の長打力と、50メートル走6秒2の走力を兼ね備えた左のスラッガー。一塁と外野を守れる。入学時は最速140キロを誇る投手として期待されたが、1年冬の腰の故障を機に野手へ転向した。「小野世代」の主将としてチームを束ね、この夏は甲子園4強入りに貢献。今大会は5試合で打率・429、7打点をマークした。9月開幕のアジア選手権U18日本代表候補にも名前が挙がる。青学大進学後は、プロ入りを目標にさらなる成長を目指す。











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