2016年ドラフト総決算~その4:幕開け~

山岡泰輔, 加藤拓也, 五十幡亮汰, 田中正義, 濱口遥大, 源田壮亮, 山崎颯一郎, 鈴木昭汰, 寺島成輝, 藤平尚真, 石原彪, 公家響

ステージはいよいよ大学へ、そして新たに高校にスターが登場します。田中正義投手、寺島成輝投手、柳裕也投手などがどのようにしてドラフト1位指名にたどり着いたのか、2016年のドラフトストーリー。

新たな選手たち

大谷翔平世代の選手たちが高校野球から去っても、高校野球には毎年新しいヒーローが登場する。2013年の夏の甲子園、3年生の世代は大阪桐蔭の森友哉などのスターがいたものの、前年のヒーローだった桐光学園・松井裕樹の姿はなかった。変わりに出てきたのはその松井を打ち砕いた横浜高で柳裕也の後輩、浅間大基高濱祐仁の2年生で、ほかにも前橋育英の高橋光成、済美の安楽智大など2年生が注目されていた。その中で一人の投手にメジャーリーガーが注目する。

瀬戸内の山岡泰輔は広島大会で激戦の末に甲子園出場を決めていた。新庄の田口麗斗は東の松井、西の田口と評価されるほどの左腕投手、その田口と山岡は春季大会決勝でも投げ合い、そしてこの夏の広島大会でも延長15回を投げあって0-0、田口は13安打を浴びるも19三振を奪ったのに対し、山岡は1安打に抑えて15奪三振だった。そして1日あけた再試合、試合は1-0で山岡が再び完封した。共に24回を投げ合っていた。

その山岡は甲子園の初戦で明徳義塾と対戦する。伸びるストレートで鋭く曲がるスライダーで9つの三振を奪い、6安打2失点と強力打線を抑えたものの、味方も点を奪えず1-2で敗れる。しかしのこの投球を動画で見たテキサスレンジャーズのダルビッシュ有投手は、「これは一番だと思いました」とつぶやいた。ライバル田口はプロを志望したが、山岡は社会人でさらに成長する道を選び、ライバルは一旦、別の舞台へと進んでいった。

次世代

その夏の大会が行われているころ、ボーイズリーグの選抜チームが世界少年野球大会を戦っていた。メンバーには寺島成輝公家響山崎颯一郎などが名を連ねる。寺島は箕面ボーイズでプレーし、関西で注目される左腕となっていた。その大会で選抜チームは見事に優勝を飾り、左腕の寺島の名前は世界に広がった。

2013年11月、侍ジャパンとなって初となるU15代表の大会が松山で行われた。その名もアジアチャレンジマッチ、台湾、韓国と松山の選抜チームと侍ジャパンU15代表が対戦する。その代表メンバーに、藤平尚真、鈴木昭汰石原彪五十幡亮汰などのメンバーが選抜される。第1戦のvs松山選抜戦では7回から4番手で登板した藤平が打者9人をパーフェクト、4三振を奪う圧巻の投球を見せると、第3戦の台湾戦では鈴木が先発し6回1安打5奪三振無失点の好投を見せ、藤平も8回からの2イニング打者6人を再びパーフェクトに抑えた。この二人はともに認め合い来年から始まる高校野球の舞台で戦う事を誓う。藤平は横浜高校に、鈴木は常総学院に進むことになる。

また1番センターで出場した五十幡は、驚異的な足を見せていた。それもそのはずで、五十幡はこの夏の陸上のジュニアオリンピックで、100m10秒92、200m21秒81を記録してサニブラウンなどを抑え2冠に輝いていた。この大会でも活躍した五十幡は高校の陸上界からも強い誘いがあったが、野球の道を選択し佐野日大へと進む。

幕開け

年が明けて2014年、大学では選手たちが成長した姿を見せる。

東京六大学では1年秋に150キロを記録して一気に注目された慶大・加藤拓也がこの年の春に4勝0敗で優勝につながる大きな活躍を見せた。立教大でも1年生の秋に5勝を挙げた沢田圭佑が主戦としてマウンドに上っていた。そして明治大の柳もこのシーズンにリーグ戦初勝利など2勝を挙げると、秋には3勝1敗で規定投球回数に到達し、そこから明治大のエースとしての道を歩み始めた。

そしてその年の大学野球選手権では、その東京六大学代表の慶応大と、山崎康晃が注目された東都代表の亜細亜大に土をつけた二人の投手が注目された。

神奈川大の濱口遥大は1回戦の西日本工業大戦は、球速をやや落とし、余裕を持ったピッチングで7回を無失点に抑え、おとなしめの投球を見せる。しかし翌日の慶応大戦で濱口は牙をむく。基本的に大学の全国大会は、東京六大学と東都が有利な日程になることが決まっている。濱口は連投となる2回戦の慶大戦に照準を合わせていた。

同学年の加藤拓也との投げ合いとなったこの試合、濱口は5回に1点を失ったもののその裏に味方が3点を取り逆転をする。すると濱口は150キロクラスの球をズバズバと投げ込み、谷田成吾横尾俊建山本泰寛がそろう東京六大学覇者を圧倒した。161球を投げても球威は衰えず9回を5安打11奪三振で完投し、名をとどろかせた。

もう一人は創価大の田中正義、大学1年では投手のためのトレーニングとフォームづくりを行って2年生となったこの年の春に3勝を挙げていた。田中も1回戦の佛教大戦で9回4安打9奪三振で完封すると、連投となった亜細亜大戦ではエース・小松貴志を5回途中からリリーフし、山崎康晃と投げ合った。そして翌年にプロ野球で新人王を獲る山崎もかすむような圧巻のストレートを投げ込み、4回1/3で2安打8奪三振1失点に抑えて東都で連覇を続ける強豪をねじ伏せた。

本命不在となったこの大会、創価大と神奈川大は準々決勝にも勝利し準決勝を迎える。準決勝で創価大は東海大と対戦、田中がリリーフで3イニングをノーヒットに抑え自責点は0も2失点、チーム力の差で東海大が決勝に勝ち上がった。一方神奈川大は濱口は登板せず、愛知学院大に勝利し決勝に勝ち進む。

この試合では愛知学院大の1番ショートにスカウトの目が注がれていた。源田壮亮はこの大会で準々決勝まで3試合で3つの盗塁を決めていた。そしてこの試合でも2つの盗塁を決め、守備での軽快な動きを見せていた。この大会でプロのスカウトも獲得に動くものの、この時にはすでにトヨタ自動車から内定を得ており、プロへの気持ちもあったが社会人へと進む事になる。

決勝では神奈川大と東海大が対戦し、神奈川大は濱口が9回148球を投げて7安打9奪三振2失点に抑えたものの、東海大の吉田侑樹投手などの好投に味方が抑えられ、全国制覇にはあと一つ及ばなかった。

そしてこの大会から、田中正義がこの世代の中心となっていくのだった。

つづく


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