北海道日本ハム・大谷翔平投手が甲子園で好投!甲子園のマウンドが受け入れてくれた日

北海道日本ハム球団ニュース

 大谷翔平投手が甲子園で晴れ姿を見せた。高校2年生の夏と3年生の春の苦い思い出の残る場所、そして3年の夏にあと一歩で手が届かなかった場所に日本最高の投手として。

 

8回1安打無失点

 この日の大谷投手は、2回のゴメス選手の打席で160km/hを表示させると、今成選手にも160km/hを記録した。今成選手の球はインコースの厳しい所への160km/hで空振りを奪い、本物の160km/hといえる。

 この日はスライダーやカーブも冴え、6回2アウトまでノーヒットピッチングを見せる。大和選手にヒットを許したが、大和選手の二盗を大野捕手が刺した。大野選手の強肩もあるが、クイックモーションできっちりと投げる大谷投手のすごさを見せた。

 8回に疲れを見せたものの8回を投げて1安打無失点、ストレートに変化球と日本の野球で歴史に残るような投球を見せた。

 

大谷投手と甲子園

 大谷投手と甲子園は縁がない。と言っても2年夏と3年春に出場をしており出場できていないのではなく、甲子園でマウンドと縁がなかった。マウンドに登る時はいつも調子が悪かった。

 2年春は既に150km/hを記録する投手として注目されていたが、身体の成長による骨端線損傷により初戦の帝京戦はライトで先発した。4回途中からマウンドに登るも5回に2失点、7-7で迎えた7回には勝ち越し点を与え初戦で敗れている。

 また3年春は初戦でこの大会で優勝した大阪桐蔭と対戦するが、9回途中まで11四死球で9失点と苦いマウンドとなった。

 高校時代は成長が止まっておらず、常に自分の身体と戦っていた感じだった。甲子園のマウンドが大谷投手を突き離したからこそ、成長中に身体を酷使することなく成長することができた。

 甲子園に神様がいるとすれば、多分、この日のために魔物と協力していたのかもしれない。神様も魔物もこの姿を見たかったのだろう。そしてようやく甲子園のマウンドが大谷投手を受け入れてくれた。

 

 「甲子園は悔しい思い出しかないけど、良いイメージがつくれた」。

 プロでは公式戦初の甲子園での登板だった。岩手・花巻東では2年夏と3年春に甲子園に出場したが、いずれも故障を抱えて初戦敗退。3年夏の岩手大会準決勝の一関学院戦(岩手県営)では、高校生史上初の160キロをマークするも決勝で敗れた。「甲子園で160キロ」。初めて聖地のマウンドに万全の状態で上がり、実に3年越しでその夢をかなえた。しかも、3試合連続。ビジターでの計測、1イニング2度は初めてのおまけつきだった。

 マウンドでの姿は、あまりに対照的に、圧倒的だった。2回には2度も自己最速タイの160キロをマークするなど、まずは3回までの打者一巡をパーフェクト。スタンドから「大谷、半端ないって!」と悲鳴が響く。4回直前に雨で22分間試合が中断したが、その4回も3者凡退。「あまり気になりませんでした。ブルペンで待機していました」と涼しい顔で振り返った。6回2死、大和に初安打となる左前打を許したが、大野があっさり二盗を刺して終わらせた。

 8回2死、今成に初球を投げたところで右ふくらはぎをつり、一度はベンチに下がったが、最後は155キロで左飛に打ち取った。大事を取って降板となったが、8回を打者24人で斬り、1安打無失点。「(2度出場した高校時代の甲子園には)悔しい思い出しかない。球場のイメージは大事なので、そういう(勝った)イメージを持てるのはよかった」。自己最多の11三振で、プロ・アマ通じ甲子園初勝利を手にした。

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