2014年ドラフトストーリー ~その8:光と影~

有原航平, 山崎康晃, 山崎福也, 高濱祐仁, 浅間大基, 安楽智大, 高橋光成, 高木伴, 田嶋大樹, 飯塚悟史, 岡本和真, 小野郁

 ドラフトストーリー、その8は2013年の夏から秋へ、候補選手たちの栄光とともに影の部分の見せ始めます。

豊作へ

 2014年のドラフト戦線は、高校生では怪物・安楽智大、大学生でも多くの投手が力を発揮し始めた。あとは社会人の候補が出そろえば、豊作という声も出てくる。そして注目された2013年都市対抗、望んでいた注目株が力を見せる。

 一人はNTT東日本の高木伴、東農大でも終盤に力のある速球を見せており、実は春のスポニチ大会の初戦に1年目で先発に抜擢されている。結果は残せなかったものの期待の高さを伺えた。高木投手は都市対抗2次予選の決勝、強豪のセガサミー戦に先発すると、無失点に抑える好投を見せ戦前から期待が高かった。

 そして都市対抗本戦1回戦の東邦ガス戦、高木伴投手は140km/h中盤から後半の速球で6回まで無失点に抑える。7回途中で1失点して降板するも、6回1/3を4安打6奪三振1失点、来年のプロ入りを十分期待させるピッチングを見せた。チームは予選で敗れ好投はこの1回だったが、これにより秋に侍ジャパントップチームに招集されてプロへの道が約束された。

 もう一人はJX-ENEOS・石川駿、1回戦は使われなかったが2回戦でファーストで出場すると2本のホームランを放つが、1本は推定150mの特大ホームランで見る人をアッと言わせた。それでスタメンを獲ると準決勝でもホームランを放ち優勝に貢献した。

 社会人に投打の注目選手が登場し、ドラフト戦線は賑わいを見せ始めた。

 

MVP

 7月は日米大学野球も行われていた。投手では大瀬良大地等の4年生3人と共に、山崎福也、山崎康晃、石田健大の3人が選出され、また早大の中村奨吾、駒大の江越大賀の名を連ねた。

 初戦は大瀬良が星を落としたが、2戦目に山崎福也が会心の投球を見せ、山崎康晃も1回2/3をノーヒット3奪三振に抑える。1戦目、3戦目もリリーフで登板した山崎康晃は5戦でも打者二人から2つの三振を奪い4試合を投げて1安打しか許さずMVPを獲得した。中村奨吾も3試合にマルチヒット、ヒットを打てなくても四球を取ってチームに貢献した。

 しかし江越は外野手で出場していたが当たりが生まれず途中で交代する試合が続いた。また石田健大も地元広島で行われた試合でリリーフしたものの、リーグ戦の石田の球威は無かった。活躍した選手、活躍出来なかった選手に分かれたが、山崎康晃はこの活躍が後に問題を起こしてしまう。

 

2年生が再び優勝

 高校生の夏が来る。神奈川では前年の甲子園で1試合22奪三振を記録しヒーローとなった松井裕樹に注目が集まったが、松井に待ったをかけたのは、横浜高校の2年生・高濱祐仁と浅間大基だった。高濱はバックスクリーンに同点弾、浅間はライトスタンド中段に勝ち越し弾を放り込み粉砕した。

 その横浜高校は準決勝でもう一つの強豪と対戦する。東海大相模は横浜高校と同じく注目選手を集めていたが、特に投手に力をいれていた。そして1年時に140km/hを記録し注目されたのが青島凌也と佐藤雄偉知、青島はキレの良い145km/hの速球を投げ、佐藤は190cmから140km/hを記録していた。また1年生でも吉田凌、小笠原慎之介という注目投手を揃え、打の横浜、打の東海大相模として注目された。

 しかし結果は意外な物になる。7-0で横浜高が8回コールドの圧勝、序盤は1年生の吉田凌が5回まで3安打で無失点と好投するが、横浜高の伊藤将司も無失点を続ける。そして6回、浅間大基が2ベースを放つと一気に4点を奪い、7回からは青島、佐藤が登板したものの勢いを止められずに点差が開いた。

 東西の注目中学生だった二人は遂に甲子園に足を踏み入れた。

 

 夏の甲子園が始まる。注目されたのは2年生選手、春の優勝投手、浦和学院・小島和哉と準優勝投手、済美・安楽智大が出場し、さらに前橋育英で群馬大会決勝で148km/hを記録した2年生・高橋光成、甲子園の申し子、明徳義塾・岸潤一郎も姿を見せていた。

 初日、昨年春夏連覇の大阪桐蔭が日本文理と対戦する。森友哉が2本塁打を記録する中で、6番に入った2年生の香月一也も安定した打撃を見せた。対する日本文理には2年生の飯塚悟史が4番に入る。点差が付きファーストを守っていた飯塚はマウンドに上ると、これまで10点を奪っていた大阪桐蔭打線を2イニングで1安打無失点に抑えた。これが全国デビューだった飯塚は手応えをつかみ秋からの戦いに進んでいく。

 同じく沖縄尚学もプロも注目したエースの控えだった山城大智がリリーフで登板、北照の齋藤 綱記も2番手で登板して甲子園のマウンドを踏み、翌年はエースとして登板する姿を描いていた。

 

 注目された浦和学院の小島和哉は、埼玉大会決勝で完全試合を達成しての出場だったが、初戦でコントロールを乱し、10-11で仙台育英に敗れる。そして安楽も愛媛大会で戦力投球を見せ甲子園に出場したが、甲子園に入った後に熱を出すなど体調を崩していた。球速は140km/h後半を出すものの初戦の三重戦は7失点、続く花巻東戦では延長10回まで一人で投げ7失点、明らかに安楽の投球ではなく姿を消した。

 横浜高校は初戦で丸亀と対戦する。4番の高濱祐仁は早速ホームランを放ち、3番の浅間は5打数5安打を記録、それぞれのタイプに合わせた形で甲子園にあいさつをした。しかし2回戦、この二人をノーヒットに抑えて横浜高校を下したのは前橋育英・高橋光成だった。

 高橋は初戦を完封すると2回戦で横浜を破る。3回戦の常総学院戦では6回から登板すると5イニングを3安打10奪三振と圧巻の投球を見せる。準決勝の日大山形戦、決勝で延岡学園戦では暑さの中の連投で疲労を見せたが、気力を振り絞り一人で投げ切って、チームを優勝に導いた。

 春の小島和哉、安楽智大に続き、高橋光成が登場しスカウトは目を光らせていた。

 

世界デビュー

 甲子園の後に開催される18Uワールドカップ、安楽智大、高橋光成の2人の2年生が松井裕樹、森友哉と共に代表入りした。そして予選リーグのベネズエラ戦で安楽智大が先発に指名される。球数が多い事を気にしていた安楽は、森友哉のバランスの良い配球に感化される。150km/hの速球で抑える以外のピッチングを見せ、ベネズエラを2安打完封、投げた球数は100球、16奪三振のピッチングだった。

 そして2次ラウンド、強豪キューバ戦で再び先発した安楽は視察したメジャーリーグのスカウトをも驚かせた。キューバを8回10三振を奪って完封、この投球で安楽は最優秀勝率と防御率のタイトルを獲得し、この世代の世界NO1投手と評価される。

 一方、高橋光成は苦しんだ。2試合3回の登板で自責点4、夏の投球でフォームのバランスを崩し、疲れも残っていた。

 決勝戦ではアメリカに敗れた。アメリカのアイケンは翌年の全米ドラフト1番目の指名でメジャーリーグ入りする。安楽はその投手とも肩を並べていた。

 

 影は突然覆い始める。18Uから帰ってすぐに行われた秋季群馬大会、高橋光成は調子を取り戻す事無く、夏の王者が初戦で姿を消す。そして安楽も途中で肘の違和感を訴えて降板する。二人はこれから約8カ月もの間、投球ができなくなってしまう。

 東京六大学でも代表で戦った石田健大は調子が上がらず6試合の登板に終わる。また明大・山崎福也も5勝を挙げたものの防御率は2.58に落としてしまう。

 東都のエースにも影が覆う。亜大の山崎康晃は防御率2位も勝ち星は2勝1敗、日米野球後の練習態度が良くなく生田監督の逆鱗に触れ、終盤はベンチからも外されていた。また中央大の島袋洋奨は初戦こそ好投をしたものの、終盤はバックネットにボールをぶつけるなど制球を乱し、序盤で降板する試合もあった。2勝6敗という成績以上に島袋選手は深刻な状態になっていた。

 侍ジャパンのトップチームには中田翔、今宮などプロのトップ選手が招集されたが、その中にアマチュアからも大瀬良大地、高木伴などが招集されていた。2戦目にプロのトップ選手に交じってリリーフで登板した高木だったが、台湾代表を相手に2安打に暴投などで1失点をする。この経験は高木投手にプラスとはならず、結果的に翌年に苦しむ事になってしまう。

 

 新星

 安楽智大、高橋光成や島袋洋奨などが不安を見せる中、新たな星が輝き始める。

 秋の関東では一人の投手に注目が集まった。佐野日大の田嶋大樹、少し下気味から投げられる145km/hのストレートは切れ味抜群、栃木大会では28回以上を無失点に抑え、関東大会でも強豪・東海大甲府を11奪三振1失点に抑えたものの1失点した事に悔しがった。そして続く試合では試合中に足を故障、しかし投げながら足に負担のかからないフォームを探して完投勝利をするなど、7試合5完投3完封、55回を投げて52奪三振、5失点、防御率0.49という驚異的なピッチングを見せた。

 九州でも注目投手が現れた。小野郁、ホークスジュニアのメンバーだった小野は西日本短大付に進みエースとなると、秋には148km/hを投げ中央に名前を響かせた。また同じ福岡の九州国際大付・清水優心も着実に力を付け、スカウトの評価も秋が終わるころにはドラフト上位候補に名前が上がるまで上昇していた。

 そして怪物は奈良に登場した。智弁学園・岡本和真はシニア日本代表の4番を打っていたが、1年秋に3本塁打を放ち頭角を現すと、2年生になり1年間で48本塁打を記録する驚異的な成長を見せていた。豪快に引っ張る特大のホームランに、プロのスカウトの目も釘付けとなった。

 また東京六大学でも勢力図が変わりつつあった。同学年でトップを走っていたのは法政大の石田健大と明治大の山崎福也だったが、秋に早稲田大の有原航平がいよいよ本領を発揮し3勝1敗、防御率0.72で最優秀投手となった。150km/hを越す力のある速球は評価を一気に上げていった。

 

 明治神宮大会を迎える。2013年のドラフト会議も終わり、プロのスカウトも翌年のドラフト候補に集中することができる。その明治神宮大会の高校の部、輝きを放つ選手がいた。

 決勝を戦ったのは日本文理と沖縄尚学、夏の甲子園を経験した飯塚悟史は投打に活躍を見せ、沖縄尚学の山城大智も沖縄出身の島袋ばりにトルネード投法で勝ち上がった。決勝は飯塚がバックスクリーンとライトスタンドに2本のホームランを放つ。しかし投球では8回に6点を失い、6回まで8-0だった試合は8-9と逆転された。山城は序盤に打ち込まれ外野に下がるが、再び登板した後は人が変わったようなピッチングを見せ、優勝を手にした。

 大学の部でもスカウトが注目している選手が出場した。中部学院大の野間峻祥は3番を打ち初戦で2安打1打点の活躍を見せた。大商大も金子丈が得意のフォークボールを投げ、全国の舞台に姿を見せた。しかし決勝に勝ち上がったのは明治大と亜細亜大、山崎福也と山崎康晃だった。

 特に山崎康晃はすごかった。監督の逆鱗に触れてベンチメンバーからも外されたリーグ戦から、監督と話し合って反省を示して前線に復帰したこの大会、初戦はリリーフ1回をノーヒット3人を三者三振に抑えた。続く試合も3回1/3を1安打6奪三振、そして決勝も明治大を相手に4回をリリーフし2安打2奪三振で無失点に抑え、日米野球のMVP級の投球でチームに優勝をもたらした。

 

 社会人野球でも活躍を見せた選手がいた。新日鐵住金かずさマジックの加藤貴之である。加藤は日本選手権でリリーフとして登板し、球速こそ130km/h台だが真ん中に投げても空振りを奪うストレートを投げ、一気に優勝を勝ち取った。プロのスカウトの手帳には、期待の左腕投手として名前が書き込まれた。

 

 2014年は、輝きを見せ始めた選手たちと、故障や疲労の為に姿を見せなくなった安楽、高橋光成が同じステージで戦う事ができるのか? そして有原の台頭に山崎福也、石田健大の激しい戦いも予想される。プロのスカウトも期待と不安を胸に年を越した。

つづく

 


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