千葉ロッテがドラフト1位で指名した大船渡高・佐々木朗希投手に、井口監督、松本球団本部長、永野チーフなどが指名あいさつをした。小学校6年生の時に、QVCマリンスタジアムで行われたリアスリーグですでに登板していたことを井口監督に伝えた。
小6の時に登板
佐々木朗希投手は10月17日のドラフト会議で千葉ロッテから指名されると、「浜風が強いので、風に気をつけたいです」と話していたが、それは経験によるものだった。
佐々木投手は陸前高田市に住んでいたが、2011年3月の東日本大震災の津波の被害に遭い父親を亡くしている。家族も大船渡市へ引っ越し、佐々木投手は猪川小に転向した。その時、2010年に日本一となった千葉ロッテと広告の関係で仕事をしていたという山田康生氏がトラック2台でうどんの炊き出しに大船渡に向かった際、野球部の子供たちが体育館の角でひっそりと素振りをしている姿を見て、千葉ロッテに掛け合い岩手県の少年少女をQVCマリンに招待した。
その活動が2013年にはリアスリーグとして大会となり、決勝をQVCマリンで行う事が決定したが、その第1回大会で佐々木投手がプレーし優勝をしていた。「この中から、甲子園に進み、プロ野球選手になってまたこの球場に立つ選手が育っていくことを期待して、新たな夢を抱きます」と話していた山田氏の想いは、6年間を経てドラフト1位で指名される佐々木投手を生み出した。しかも、千葉ロッテに入団するという強い縁も結んだ。この日、面談をした井口監督も「球場で投げていた事は初めて聞かされて驚いた」と話した。
その井口監督は「まずは日本一の投手になるために体力づくりからしっかり、やっていこう。その先の目標もあるよね?」と佐々木投手に問うた。163キロを投げる佐々木投手は、「目の前の目標からしっかりと達成し、いつかその夢を達成できるように頑張りたい」と話した。将来はメジャーで世界一を掴む事は、お互いの暗黙の目標として伝わっていた。
この日、メジャーへの挑戦を表明した筒香選手や秋山選手のように、数年後には佐々木投手がこのような会見をしているのだろうと思った。今は名前の変わったZOZOマリンで佐々木投手が投げる期間は、もしかすると非常に短くなるのかもしれない。その時間にどれだけ成長をし、どんな投球を見せてくれるのか。そして佐々木投手には、幸せな野球人生を送ってほしい。
リアスリーグとは何か。広告業を営む山田氏は11年、東日本大震災後にトラック2台でうどんの炊き出しに岩手・大船渡へ向かった。これを機に毎月、同地を訪れた。1年ほどたつと学校の運動場に仮設住宅が立ち並んだ。ふと思った。「子どもたちは普段どこにいるんだろう」。そんな時、連れて行かれたのが小学校の体育館。他競技の隅でひっそりと素振りしかできない子どもたちがいた。練習ができず、野球をあきらめる子も少なくなかったという。
「まずは日本一の投手になるために体力づくりからしっかり、やっていこう。その先の目標もあるよね?」
日本一の先には「世界一」がある。そう、理解した。17日のドラフト当日は、大谷翔平(エンゼルス)の国内最速165キロの更新を誓ったが、その上には世界最速169キロ左腕のチャプマン(ヤンキース)もいる。170キロ、侍ジャパンのエース、そしてメジャー――。163キロ右腕には無限の可能性が広がる。
「(井口監督は)とてもオーラがあったし、かっこよかったです。目の前の目標からしっかりと達成し、いつかその夢を達成できるように頑張りたい」。途方もないチャレンジだが、佐々木は背筋が伸びるような思いで、その提案を受け入れた。
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