日大山形の快進撃止まる、庄司瑞投手は大学へ、奥村展征選手はプロ野球の夢話す

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 前橋育英に敗れた日大山形、プロ注目の遊撃手・奥村展征選手がいたものの、初戦で日大三と対戦することが決まった時に、ここまで勝ち上がるとは予想できなかった。

 初戦で日大三を撃破すると、エースの185cmの大型右腕・庄司瑞投手が成長を見せ、作新学院戦で12奪三振2失点完投、明徳義塾戦では8四死球を与えながらも3失点で完投した。山形大会では168cmなが145km/hの速球を投げる斎藤涼太投手がリリーフして勝ち上がってきたが、山形大会準決勝で斎藤投手が右肘靭帯を痛め自らが完投することを決意し、3試合444球を投げた。

この日はさすがに疲労がたまり、4回1/3で7安打3失点して降板しチームも決勝には手が届かなかった。しかし斎藤投手もリリーフで登板し2回1安打1失点、高校最後の試合に継投が見られ、高校野球を締めくくった。

 庄司投手は「まだ決まっていませんが、大学で野球をするつもり。これからの人生の自信になります」と甲子園での奮闘を自信に野球を続けていく。

 また奥村展征選手は試合後に「自分は日大山形を強くしたかった。塗り替えられない記録は作れなかったけれど、常連校になって自分がプロ野球選手になって頑張っているときに、お前の母校は強えなと言われたい」と話し、母校への思いと共に、プロ野球選手になっている自分の姿を思い描いていた。

 庄司投手、奥村選手、他にも素晴らしい選手達でした。国体出場が決まっていますがその後の進路は様々、今度はどんな姿になって対戦するのでしょうか。素晴らしいチームでした。

東北勢無念…日大山形のエース庄司、力尽く  - サンケイスポーツ:2013/8/22

 甲子園で成長した。山形大会は5戦全試合に先発したものの、完投はなかった。だが、大舞台では140キロ前後のシュートや覚えたばかりのカーブを武器に、準々決勝まですべて優勝経験校を相手に3試合連続完投。荒木監督は「彼が(1人で)投げてくれたからベスト4まで来られた。甲子園は潜在能力を引き出してくれる」と県勢初の4強の原動力となった右腕をたたえた。

 「(甲子園は)自分の力以上のものを発揮できるところでした」と庄司。進路については「まだ決まっていませんが、大学で野球をするつもり。これからの人生の自信になります」と胸を張った。

  今大会でもっとも名を挙げたひとりといえるかもしれない。パ・リーグのあるスカウトが「この子だけは見ておいて損はないよ」と教えてくれたのが、県勢初のベスト4進出に導いた日大山形のエース・庄司瑞10+ 件(みずき)投手(3年)。

 切れ長の目元に端正な顔立ち。185センチの長身から豪快なフォームで投げ下ろす最速142キロの直球は角度があり荒れ球だ。「予選の映像で研究されるので、甲子園から投げ始めた」という縦に鋭く割れるカーブが打者の狙いを惑わせる。

 初戦の2回戦で優勝候補の一角、日大三(西東京)を1失点に抑え完投勝利を挙げると、続く作新学院(栃木)の強力打線から12三振を奪い、2失点でまたも完投。19日の準々決勝、明徳義塾(高知)戦では159球を投げ8四死球と荒れたが3失点でしのいで3戦連続完投を成し遂げた。

 酷暑の甲子園で3戦合計444球を投げた体はすでに疲労困憊。庄司は休養日となった20日、「朝起きたら体が重かった。浅沼(孝紀捕手)と『きょうに試合がなくて、本当によかった』と話していました」と今年から新設された休養日に感謝しきりだ。

 実は休養日がなくても、右腕はひとりで投げ抜く覚悟を決めていた。予選では背番号「10」の斎藤涼汰投手(3年)との継投で勝ち抜いてきたが、予選準決勝で斎藤が右ひじの靭帯を痛めていたことが判明したからだ。

 185センチの庄司に対して166センチと小柄な斎藤。親友にしてライバル関係の2人は、普段から球速を競い合ってきた。庄司は「アイツ、県大会で僕より先に140キロを投げて『お前オレよりデカイのに球、遅せえな!!』とか言ってバカにしてきたんですよ。何とか更新できてよかったです。これからも絶対負けたくない」と口をとがらせる。

 あと一歩、届かなかった。決勝への道が絶たれた日大山形・奥村主将は「やっぱり、負けるのは悔しい。後悔しか残っていません」。目を真っ赤にしながら気丈に答えた。

 意地は見せた。6回に右中間を破る二塁打を放ち、敵失で三塁まで進むと、吉岡の左犠飛でホームを踏んだ。「後半勝負だと言われていたし、絶対逆転できると思っていた。それよりチャンスをもらったのに三振した。(チームの)要は三振してはいけない。迷惑をかけた」。3回2死一、二塁で空振り三振に倒れた打撃を悔やんだ。

 昨秋、主将に就任したとき、目標を「甲子園4強」に設定した。「無理だろう」という周囲の雑音を打ち消すかのように、猛練習。7年前、先輩が8強入りした時の映像を見て夢をふくらませた。

 転機は6月末の仙台育英との練習試合だった。ふがいない試合に激怒した荒木準也監督(41)は、山形道の関沢インターで選手を降ろし、学校のグラウンドまで約20キロ走って帰ることを命じた。グラウンドで待ち構えていた指揮官は「お前らは技術はあるが、向かっていく気持ちが足りない。その気持ちがあれば絶対、甲子園に行ける。『鬼に金棒』だ」。ナインはその言葉を泣きながら聞き、チームは一丸となった。

 敗れたが、日大三、作新学院、明徳義塾といった優勝経験校を撃破してつかんだ県勢初の4強。「気持ちがあれば、山形県でも全国に通用することが証明できた」と奥村。「自分は日大山形を強くしたかった。(優勝という)塗り替えられない記録は作れなかったけれど、(甲子園の)常連校になって、自分がプロ野球選手になって頑張っているときに、『お前の母校は強えな』と言われたい」。そう言うと大きな瞳からこらえていた涙が次々とあふれ、男泣きした。夢の続きを後輩たちに託して、奥村は甲子園を去った。


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