2010年ドラフト候補のスタイル:大石達也投手とは?

選手コラム 2010年ドラフト

プロ野球キャンプも中ほどまで日程が進み、2010年ドラフト候補選手もチームに溶け込み実戦での練習も始まっています。今回は2010年のドラフトで6球団が競合し西武ライオンズに入団した大石達也投手、大学時代は絶対的な抑えとして活躍をしていましたが先発での起用を明言され、投球スタイルを変えるために現在努力しています。大石投手とはどのような選手なのでしょうか?

埼玉西武・大石達也

大石達也投手は外見的にはややゆっくりめな印象を受けるのだが、実は身体能力に非常に優れている。高校時代は1年生は外野手として活躍し、高校通算9本塁打だがプロのスカウトがスラッガーとして注目している迫力を持っていた。しかし2年生の夏に投手に転向すると、新チームとなった秋季福岡大会では筑陽学園戦で14奪三振、九産大九州戦では12奪三振、そして修猷館戦では7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成した。当時の球速は141kmだったがそれでもこの三振奪取率は、大石投手の真骨頂である回転の良いストレートが天性に近いものであることを示している。投手・大石達也が誕生し、後にドラフトで6球団が競合する投手となった。

 

身体能力の高さは大学でも監督の目に留まる。早稲田大学に入学すると監督からは内野手転向を打診される。須田、松下という投手陣に同学年で斎藤、福井が入部する状況での監督の配慮でもあるが、野球センスや身体能力の高さと将来性を見込んでものだったことは、既に抑え投手として実績を残していたにもかかわらず2009年春季リーグの早慶戦2回戦(5月31日)に6番遊撃手で起用した事からも伺える。この日、大石選手は2回に三塁打を放ち先制となるホームを踏む、守備でも遊撃手という最も難しい内野手のポジションを横っ飛びで打球を抑えてアウトにするなど軽快な守備をみせた。8回からはマウンドに登り2回を0安打に抑えて勝利を物にし、これが大石投手の凄さなんだと改めて感じさせた試合だった。2年生だった2008年に春秋あわせて17試合に登板し自責点0の絶対的抑え投手にもかかわらず、3年生になった2009年でも應武監督が将来投手として伸ばすのか野手として伸ばすのかを見極めたいと悩んでいたほど、野手としての大石選手のセンスは高かった。


(ダイジェストで2回の3塁打の場面、また遊撃手としての守備の場面もあります。ヒットにならなかった打席のバッティングセンスもやっぱり凄い)

 

しかしそれはスタミナ不足という課題があったことの裏づけでもある。大石投手のストレートはバットにかすらせないストレートで先発としても当然期待されたのだが、先発だと実力を発揮できない。身体能力的に瞬発力がものすごく高い短距離向けの選手なのだろう。そうなると投手としては中継ぎや抑えでの登板となってしまい、連投もあり肩の消耗も激しい中継ぎ抑えでは短命となる事も多い。まだ若い才能を短命で終わらせたくないという應武監督の優しさからの、野手の道という事だったのかもしれないと思う。

 

高校時からの天性のストレートの回転は大学で154kmの球速まで伸ばし絶対的なストレートとなった。おそらくプロでも抑えとしてならば阪神の藤川球児投手クラスのストレートで絶対的なリリーフ投手となっただろう。しかし、西武・渡辺監督はドラフト1位の投手なので西武のエースとして長い間活躍して欲しいという想いもあり、先発投手として再びチャレンジする。それは未知数だし投球スタイルが大きく変わることさえあるかもしれない。私は1年目は先発としてチャレンジしたがその後はリリーフとして活躍し、メジャーでの活躍もあわせて16年間を投げきった、大魔神と呼ばれた佐々木主悟投手のようになるのではないかと思っている。

 

 大石投手に関わった多くの人がその才能にほれ込み、長く活躍して欲しいという想いから思い描いた野手・大石達也は、あの雨中の早慶戦が最後になるのだろう。そしてその野手・大石達也と競争をしながら、投手・大石達也はいつまでも成長していくのだろう。

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